ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
夷狄
いてき
Yi-di; I-ti
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(てき)とも書く)は山西省南部にいて、周王室や晋(しん)とも深い関係があった。春秋時代の斉(せい)の桓公(かんこう)は隣接する戎を討って覇者となったが(尊王攘夷(じょうい))、戦国時代になると内地の戎や狄はしだいに中央集権国家に吸収され、かわって外辺の異民族が夷狄、戎狄、蛮夷として登場してきた。これらには中国の王者の徳がまだ十分に及んでいないが、やがては中華の文化に浴し、帰服するはずの存在とみなされていた。方角に当てはめて、東夷(とうい)、西戎(せいじゅう)、南蛮(なんばん)、北狄(ほくてき)と表現された場合もある。このように自己の文化を最高と考え、それ以外の民族や国家を夷狄、蛮夷と見下す中華思想は、中国以外でも幕末日本の攘夷思想のように日本や朝鮮でも再生産された。[小倉芳彦]
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
…国内的には,朝鮮朱子学を唯一の正学とし,朱子学以外の儒教の潮流および仏教を邪学として斥けた。対外的には,華夷思想に基づき,朝鮮を小中華と自認し,清その他の国々を夷狄視した。華夷思想とは,本来漢民族の世界観で,礼の有無によって世界を華と夷に弁別し,自国は礼が備わった〈中国〉,すなわち〈中華の国〉とし,他は夷狄とするものである。…
…〈三世を張る〉といわれるものである。第3に〈その国を内にして諸夏を外にし,諸夏を内にして夷狄を外にし,夷狄が進んで爵に至る。これ三科九旨なり〉。…
※「夷狄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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