日本では外冦や朝敵に対して用いるほか、転じて地方人を道理をわきまえないものとして卑しめる意味にも使われた。また近世末期になると攘夷思想と関連して欧米列国に対して用いた例が見られるようになる。
中国の周辺地域に存在する異民族。一般に〈東夷,北狄,南蛮,西戎〉とよばれるが,《周礼(しゆらい)》職方氏では四夷,八蛮,七閩(びん),九貉(はく),五戎,六狄,《礼記(らいき)》明堂位篇や《白虎通》礼楽篇では九夷,八蛮,六戎,五狄など,そのかぞえかたはさまざまである。ところで〈夷狄〉は民族的,地理的概念であるとともに,よりすぐれて〈華夏〉つまり中国の対極をなす政治的,文化的概念であった。いわゆる中華思想の所産であって,夷狄は華夏の〈礼楽〉すなわち文化と道義性の欠如体にほかならず,人間と禽獣の中間の存在とさえみなされた。南朝の顧歓や唐の韓愈たちの排仏論の主たる論点は,仏教はそもそも夷狄のために設けられた教法であるから中国に行うことはできないという点に存したし,また近代西洋文明の受容を困難ならしめた思想的背景もこのような偏見にもとめられよう。華夏の〈礼楽〉の欠如体である夷狄は,したがって孟子が〈吾夏をもって夷を変ためし者を聞けども,夷によって変ためられし者を聞かざるなり〉とのべているように,華夏による一方的な教化の対象となるべきものであった。そしていずれ華夏の世界に同化されるべきものであった。このような考えかたを徹底させたのは春秋公羊学(くようがく)であって,《公羊伝》注釈家の後漢の何休は,自国以外は華夏の諸国といえども疎外する衰乱の世,華夏の諸国と夷狄とを区別する升平の世,華夏と夷狄との区別が消滅して世界がひとつに帰する太平の世,の3段階の歴史の展開を考えた。がんらい《公羊伝》においても,たとえ華夏の諸国であれ,いったん道義性を失ったときには夷狄なみにあつかわれ,華と夷とを峻別する意識はやはり顕著なのであるが,その《公羊伝》から何休のような考えかたが生まれたというのも,華夏と夷狄がすぐれて政治的,文化的な対概念であったからにほかならない。
→夷夏論 →中華思想 →典礼問題
執筆者:吉川 忠夫
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中国の黄河中流域に住む漢民族が、外辺の異民族に対してつけた蔑称(べっしょう)。戎狄(じゅうてき)、蛮夷(ばんい)という呼び方もある。元来、戎とか狄とかよばれた種族は、中国の内地にも雑居していた。夷は山東省から淮河(わいが)下流方面に住んでおり、殷(いん)王朝とも交渉があったし、狄(翟(てき)とも書く)は山西省南部にいて、周王室や晋(しん)とも深い関係があった。春秋時代の斉(せい)の桓公(かんこう)は隣接する戎を討って覇者となったが(尊王攘夷(じょうい))、戦国時代になると内地の戎や狄はしだいに中央集権国家に吸収され、かわって外辺の異民族が夷狄、戎狄、蛮夷として登場してきた。これらには中国の王者の徳がまだ十分に及んでいないが、やがては中華の文化に浴し、帰服するはずの存在とみなされていた。方角に当てはめて、東夷(とうい)、西戎(せいじゅう)、南蛮(なんばん)、北狄(ほくてき)と表現された場合もある。このように自己の文化を最高と考え、それ以外の民族や国家を夷狄、蛮夷と見下す中華思想は、中国以外でも幕末日本の攘夷思想のように日本や朝鮮でも再生産された。
[小倉芳彦]
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…国内的には,朝鮮朱子学を唯一の正学とし,朱子学以外の儒教の潮流および仏教を邪学として斥けた。対外的には,華夷思想に基づき,朝鮮を小中華と自認し,清その他の国々を夷狄視した。華夷思想とは,本来漢民族の世界観で,礼の有無によって世界を華と夷に弁別し,自国は礼が備わった〈中国〉,すなわち〈中華の国〉とし,他は夷狄とするものである。…
…〈三世を張る〉といわれるものである。第3に〈その国を内にして諸夏を外にし,諸夏を内にして夷狄を外にし,夷狄が進んで爵に至る。これ三科九旨なり〉。…
※「夷狄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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