袖崎伊勢野(読み)そでさき いせの

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「袖崎伊勢野」の解説

袖崎伊勢野(初代) そでさき-いせの

1697-1735 江戸時代中期の歌舞伎役者。
元禄(げんろく)10年生まれ。袖崎歌流の門弟。享保(きょうほう)のはじめ江戸中村座で色子として舞台にたち,のち若女方となる。美貌(びぼう)で風姿にすぐれ,時代物,世話物ともに得意とした。享保20年2月2日死去。39歳。俳名は玉芝。

袖崎伊勢野(2代) そでさき-いせの

?-? 江戸時代中期の歌舞伎役者。
初代袖崎伊勢野の子(養子とも)といわれる。宝暦10年(1760)江戸中村座で2代を襲名。若女方として活躍したが,明和元年(1764)ごろから番付に名前がみえなくなった。前名は袖崎梅三郎。俳名は司松。

袖崎伊勢野(3代) そでさき-いせの

?-? 江戸時代中期の歌舞伎役者。
2代袖崎伊勢野の子。安永3年(1774)江戸中村座で色子として舞台をふむ。7年3代を襲名,若女方となり若衆方もかねた。天明5年(1785)ごろから番付に名前がみえなくなった。前名は袖崎兵吉。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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