内科学 第10版 「補助循環・人工心臓」の解説
補助循環・人工心臓(人工臓器・補助循環・臓器移植)
(1)大動脈内バルーンパンピング(intra-aortic balloon pumping:IABP)
IABPは,容量20~40 mLのバルーンカテーテルを大腿動脈から経皮的に挿入し,胸部下行大動脈に留置し自己心の収縮力を利用する圧補助手段である.バルーンの収縮および膨張を心周期に同期させて行うが,自己心収縮期にバルーンを収縮することで自己心の収縮力を利用し(sysytolic unloading),自己心拡張期にバルーンを膨張させることで冠血流を増大させて(diastolic augumentation)心収縮力の改善をはかる(カウンタパルゼイション法:図5-16-4).虚血性心疾患による急性心不全などで,簡便に行える補助手段として広く用いられる.駆動タイミングの設定が重要で,不整脈が発生し,バルーンの収縮と膨張が自己心の拍動に追従できないと有効な補助効果が得られない.合併症のおもなものは,IABP挿入側下肢の血行障害,動脈損傷,神経障害,バルーンの損傷などがある.高度の大動脈弁逆流があると補助効果が得られず,また大動脈解離があれば適応とならない.IABPの補助効果は自己心機能に依存し,自己心拍出量の10〜15%程度と限界がある.このため,高度心不全例や重症難治性不整脈を伴った症例は流量補助手段が適応となる.
(2)経皮的心肺補助法(percutaneous cardiopulmonary support:PCPS)
PCPSは流量補助手段で,遠心ポンプと膜型人工肺を用いた閉鎖回路の人工心肺装置からなる(図5-16-5).送・脱血管は大腿動・静脈から通常穿刺法により挿入されるが,外科的に行うこともある.経皮挿入のため緊急対応可能である.酸素化した血液を動脈側に送血するため呼吸補助も可能で,欧米では(percutaneous)extra-corporeal membrane oxygenation(ECMO)とよばれる.通常1~2週程度の補助が可能で,虚血性心疾患や急性心筋炎による急性心不全や心臓手術後の低拍出量症候群に用いられる(Asaumiら,2005).人工肺が用いられているため抗凝固療法を必要とするが,ヘパリンコーティング回路が用いられるようになり,抗凝固療法が軽減でき出血のコントロールがしやすくなった.送血管は大腿動脈から挿入されるため,下肢血流の維持に注意が必要である.下肢血流が不良な場合人工血管を吻合して挿入するか,末梢側に細いカニューラを挿入して直接送血することが必要となる.
PCPSでは自己心の拍出がなくても全身循環維持が可能で,補助能力は送・脱血カニューラサイズにより規定されるが,自己心拍出量の50~70%程度可能である.また,右心系の前および後負荷は直接軽減されるが,左心系の前負荷は間接的な軽減で,後負荷は補助量に応じて増加する.このため,通常IABPが併用される.しかし,高度左室機能不全では後負荷に抗して血液駆出ができず,左室内に血液が充満し左室拡張を伴うため,機能回復を阻害するとともに肺水腫を引き起こす.このような状況では,左心補助人工心臓(LVAS)の適応を考慮する必要がある.
自己肺機能が不良な状態では,不十分な酸素化血を冠動脈や頸動脈に送り込むことで,心臓や脳の低酸素状態を引き起こす可能性があり,呼吸管理も重要である.
(3)補助人工心臓(ventricular assist system:VAS)(中谷,2005)
心臓ポンプ機能を100%代行できる人工心臓には,自己心を切除し血液ポンプを埋め込む全置換型人工心臓(total artificial heart:TAH)と,自己心は温存し血液ポンプを自己心近傍に設置する補助人工心臓(ventricular assist system:VAS)がある.また,VASには血液ポンプの設置部位により体外設置型と植え込み型がある.左心補助のみで対応できる重症心不全症例が多いことより,現状では左心補助人工心臓(left ventricular assist system:LVAS)が広く用いられる.
a.体外設置型VAS
ⅰ)ニプロ製VAS(図5-16-6)
血液ポンプは,空気圧駆動ダイアフラム型セグメント化ポリウレタン製で,機械弁が流入・流出弁に用いられ,1回拍出量,最大拍出量は,各々70 mL,7 L/minである.小型冷蔵庫大の制御駆動装置(VCT-50χ)はバッテリーと空圧ポンプを内蔵し,病院内移動が可能である.装着は開胸体外循環下に行われ,LVASでは左房および左室脱血方式があり,最近はおもに後者が用いられる.送血管の人工血管部を上行大動脈に端側吻合し,送・脱血管を左上腹部で体外へ出し,血液ポンプに接続する.補助期間は左室脱血により著明に延長した.高度右心不全例では,右房-主肺動脈間の右心補助人工心臓(RVAS)が必要となる.
ⅱ)Abiomed社製BVS 5000
血液ポンプはチューブ型で,ポリウレタン製人工弁が組み込まれ落差で充満する人工心房を有している.体から離れて血液ポンプを設置するためベッド上管理が必要で,1~2週程度の使用が想定され,虚血性心疾患,心筋炎,心臓手術後などの急性心不全に対する短期補助を目的として用いられる.後継機のAB5000が開発され,わが国でも審査が進められている.
b.植え込み型LVAS(図15-6-6)
植え込み型LVASは長期使用を目的とし,第一世代として拍動型のWorldHeart社製Novacor LVASとThoratec社製HeartMate-HVE(Vented Electric)LVASが開発された.ともに左室脱血-上行大動脈送血で,血液ポンプは左腹壁内か腹腔内に埋め込み,皮膚を貫通する制御・エネルギー供給用チューブにより体外の制御装置およびエネルギー源に接続される.体側に制御装置とバッテリーを設置することで良好な活動性が得られ,退院し病院外生活が可能である.両者ともポンプサイズが大きく小さな体格の人へは適応できない.Novacorは2004年4月より心臓移植へのブリッジとして保険償還されたが,2006年市場から撤退した.HeartMate XVEは2009年に製造販売承認を得たが,市場には登場していない.
次世代の植込型LVASとして,長期使用可能で体格の小さな人への適応を考慮した無拍動流血液ポンプを用いたLVASの開発・臨床応用が進み,わが国で開発された2種の遠心ポンプを用いたシステムが2011年4月に心臓移植へのブリッジとして保険償還され,米国で開発された2種の軸流ポンプを用いたシステムは現在審査中である.
(4)補助循環の適応とシステムの選択
IABPやPCPSは経皮的装着が可能であるが,補助効果に限界がある.IABPは自己心機能に依存しているが,PCPSとVASは流量補助手段である.長期補助を行うにはVASが必要となり,病態およびシステムの特性に応じて選択する.さらに,左心補助のみか,両心補助が必要かも重要となる.左心補助のみで対応できるときは体格に応じて植え込み型を考慮される.両心補助では通常体外設置型VASを用いる.適応判定においては血行動態指標に加え重要臓器など全身状態への配慮が重要で,不可逆性の腎・肝障害,敗血症,中枢神経疾患,高度の出血傾向を伴う症例は除外される.自己心機能の回復が期待し難い例では,心臓移植の適応検討が必要であり,本人および家族へのインフォームド・コンセントが重要である.さらに,適応のタイミングも重要である.
なお,右心不全に対し,一酸化窒素(NO)ガスおよび中等度以上の三尖弁逆流例に対する三尖弁形成術を用いることにより多くの症例で左心補助のみで対応が可能となった.
表5-16-1に植え込み型VAS適応基準を示す.
(5)VAS装着例における管理
VAS装着後は,循環動態および全身状態の安定化を計る.その後,積極的にリハビリを行い,自己心の回復を試み,補助量減少や運動量増大しても自己心機能が良好である場合,VASからの離脱を考慮する.回復不良な場合には心臓移植について検討する. VAS施行例では,抗血栓療法と感染予防が重要となる.また,補助が長期に及んだ例では,精神状態への配慮が重要で,精神科医を含めた医療チームでの対応が重要となる.
(6)わが国での臨床応用の現状
2011年度の日本臨床補助人工心臓研究会レジストリーでは,わが国で1343例にVASが適応され,内610例が心筋症例であった.施行日数は平均383(最長1773)日であった.移植例は137例で,心機能の改善を認めた62例が離脱した.また,2011年3月までのわが国における心臓移植は110例であるが,うち96例はLVAS装着例であった.
植え込み型LVASとして,2011年4月からEVAHEARTおよびDuraHeartが心臓移植へのブリッジとして保険償還され,補助人工心臓治療関連学会協議会による実施施設および実施医の認定も行われ,心臓移植実施施設以外でも使用が開始されている.また,日本における補助人工心臓に関連した市販後のデータ収集を行うために,Japanese registry for Mechanically Assisted Circulatory Support(J-MACS)が,医薬品医療機器総合機構,関連学会,医療機関,関連企業により設立され,今後のわが国での補助人工心臓治療への貢献が期待されている. 心臓ポンプ機能を補助する補助循環は重症心不全に対する有効な治療選択であり,各々の補助能力や特性を理解して適応することが重要である.また,VASにおいては心臓移植へのブリッジとして長期補助が行われるようになった.さらに,欧米では心臓移植の代替手段として植込型LVASによるdestination therapyが開始され,長期使用可能なシステムの導入により,施行数は劇的に増加している.わが国での導入について検討が開始されている.[中谷武嗣]
■文献
Asaumi Y, Yasuda S, et al: Favourable clinical outcome in patients with cardiogenic shock due to fulminant myocarditis supported by percutaneous extracorporeal membrane oxygenation. European Heart J, 26: 2185-2192, 2005.
Nakatani, T: Heart transplantation. Cir J, 73 suppl A: A55-A60, 2009.
Slaughter MS, Rogers JG, et al: Advanced heart failure treated with continuous-flow left ventricular assist device. N Engl J Med, 361: 2241-2251, 2009.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報