江戸前期の俳人。姓は山本,通称は九郎左衛門,本名は西武(にしたけ)。剃髪後本名を音読して俳号とした。別号は無外軒,風外軒,風外斎。京都の人。家業は綿屋。幼少のころから貞徳に師事,1636年(寛永13)俳諧の口伝を受けたのをはじめ,貞徳直門の撰集《鷹筑波集(たかつくばしゆう)》(1642)や,式目書《久流留(くるる)》(1650)の編著を命じられるなど貞徳の信頼あつく,みずからも独吟万句《ツイスヘ子》(1652成立),発句集《沙金袋(さきんぶくろ)》(1657)等を著して,貞門七俳仙の一人にかぞえられた。人柄は篤実で温和,作風は地味であった。晩年〈世間の当風にあはざる故,誹諧体おもねりて諸人皆下手也といへり〉(《貞徳永代記》)などと評された。享年73歳。〈撫子(なでしこ)のちりげはあつき日かげかな〉(《鷹筑波集》)。
執筆者:乾 裕幸
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生没年未詳。江戸前期の俳人。山本氏。俗称綿屋九郎左衛門。本名西武(にしたけ)。別号無外軒、風外軒、風外斎。天和(てんな)・貞享(じょうきょう)(1681~88)ごろまで七十数歳で生存したと推定される。辞世「夜の明て花にひらくや浄土門」。貞門(ていもん)七俳仙の一人。貞徳(ていとく)の門に7歳で入り、11歳で俳諧(はいかい)を始め、さらに1653年(承応2)点者(てんじゃ)を許された。貞徳に深く信頼され、師命により『鷹筑波(たかつくば)』(1642)、『久流留(くるる)』(1650)などの編纂(へんさん)に従事し、また秘伝をも伝授されている。作風は、随流(ずいりゅう)の『貞徳永代記』(1692)に評されるように、いかにも古風で、才気らしいものは感ぜられない。
[雲英末雄]
※「西武」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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