西音寺(読み)さいおんじ

日本歴史地名大系 「西音寺」の解説

西音寺
さいおんじ

[現在地名]八開村藤ヶ瀬 西音寺前口

霊松山と号し、浄土宗西山派。永禄四年(一五六一)横井孫右衛門時朝の創建という(尾張志)。初めは美濃立政りゆうしよう(現岐阜市)末寺だったが、天和二年(一六八二)孫右衛門時英の時京都光明こうみよう寺末となった。


西音寺
さいおんじ

[現在地名]下関市大字内日下

内日下うついしもの東南部、坂本さかもとにある。浄土真宗本願寺派で、天親山と号し、本尊阿弥陀如来

寺伝によれば、筑後国柳河やながわ(現福岡県柳川市)の城主立花飛騨守の庶子本願寺蓮如に帰依、法名として宗誓をもらい、恩人伊田左近をたずねて当地を訪れたがすでに死去しており、里人の懇望によりこの地に左近のための一堂を建てたのに始まるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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