改訂新版 世界大百科事典 「規約主義」の意味・わかりやすい解説
規約主義 (きやくしゅぎ)
conventionalism
〈約束主義〉〈便宜主義〉あるいは英語のまま〈コンベンショナリズム〉ともいう。科学的な法則や理論の真理性を論ずるに当たって,それを客観的実在の世界に求めず,取決めの結果として理解する立場を指す。カントを規約主義者と呼ぶことはできないが,カント的な認識論は,客観的妥当性を,主観の側に属する認識の形式としての思惟の形式,すなわち範疇(はんちゆう)(カテゴリー)に求めたという点で,規約主義的な立場の可能性を切り開いたといえる。ポアンカレは,法則のア・プリオリな真理性を,概念規定として把握するという大胆な主張を展開した。この主張によれば,例えば空間がユークリッド的であるか,非ユークリッド的であるか,どちらが正しいかを問うことは意味がない。ユークリッド幾何学を前提として(規約として)空間関係を記述すれば,そこではユークリッド的な関係や法則が,その規約ゆえに真となり,非ユークリッド的な場合も同様である。このような立場は,概念を一種の思考の道具と考えるデューイの道具主義instrumentalismとも共有点をもつが,客観的な実在という問題の多い前提をぬきに議論を立てられる利点のあるところから,ハンソンN.R.Hansonらの現代科学方法論のなかにもいろいろに変形された形で導入されている。T.S.クーンのパラダイム論にも規約主義の彩りが読み取れる。
執筆者:村上 陽一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報