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覚行法親王 カクギョウホウシンノウ

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デジタル大辞泉の解説

かくぎょう‐ほうしんのう〔カクギヤウホフシンワウ〕【覚行法親王】

[1075~1105]平安後期の真言宗の僧。白河天皇の第3皇子。仁和寺(にんなじ)門跡。出家後、親王宣下を受け、最初の法親王となった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

覚行法親王 かくぎょうほうしんのう

1075-1105 平安時代後期,白河天皇の第3皇子。
承保(じょうほう)2年4月生まれ。真言宗仁和(にんな)寺の性信にしたがい出家し,寛意から灌頂(かんじょう)をうける。承徳(じょうとく)3年(1099)親王となる。法親王の初例。のち尊勝寺の長吏に任じられた。長治(ちょうじ)2年11月18日死去。31歳。法名ははじめ覚念。

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朝日日本歴史人物事典の解説

覚行法親王

没年:長治2.11.18(1105.12.26)
生年:承保2.4(1075)
平安後期に出現した法親王の初例。白河天皇の第3皇子,母は藤原経子仁和寺で出家し,真言密教を修学。承徳3(1099)年1月,初の法親王を宣下され,各種の密教修法を営み天皇家を霊的に守護する役割を担った。当時,この世の浄土とされた高野山に登山し,その霊場化にも貢献した。

(正木晃)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

かくぎょうほうしんのう【覚行法親王】

1075~1105) 白河天皇の皇子。仁和寺第三代門跡。法名覚念、のち覚行。1099年親王宣下を受け、法親王の初めとされる。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の覚行法親王の言及

【法親王】より

…通説では,法親王は出家した後親王宣下を受けた親王をいい,入道親王は親王宣下を受けた後に出家した親王をいうとされている。また《初例抄》等によると,入道親王の初例は三条天皇の皇子師明親王で,仁和寺に入って性信入道親王と称し,法親王の初例は白河天皇の皇子で,仁和寺に入った後親王宣下を受けた覚行法親王とされている。しかし同一人を法親王あるいは入道親王と称した例もあり,広く出家した親王の意に用いられた場合も少なくない。…

※「覚行法親王」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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