コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

観世宗節 かんぜ そうせつ

4件 の用語解説(観世宗節の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

観世宗節 かんぜ-そうせつ

観世元忠(かんぜ-もとただ)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

観世宗節

没年:天正11.12.5(1584.1.17)
生年:永正6(1509)
室町後期・戦国時代能役者。本名三郎元忠。父は6世観世大夫元広,母は金春禅鳳の娘。14歳で父に死別して7世観世大夫となる。後見役の観世長俊・元頼父子との不和などの問題を抱えながらも,数度におよぶ勧進猿楽興行をはじめとして精力的に活躍,元亀2(1571)年には徳川家康の知遇を得ている。世阿弥伝書や謡本の書写といった活動も積極的に行っていたらしい。永禄9(1566)年ごろ養嗣子の元尚に大夫職を譲って隠居,その後天正5(1577)年に元尚が没したため遺児鬼若(観世黒雪)の後見に当たった。

(石井倫子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

かんぜそうせつ【観世宗節】

1509‐83(永正6‐天正11)
7世観世大夫。6世道見の三男。母は金春禅鳳(こんぱるぜんぽう)の女。本名三郎元忠。法名一安斎宗節。14歳で父に死別,観世大夫を継ぐ(《四座役者目録》)。当初は父の従弟観世長俊の指導を得たと想像されるが,長俊・元頼父子とはやがて不和となったようで(《能口伝之聞書》,《親俊日記》天文8年正月25日条ほか),《四座役者目録》には長俊から芸事いっさいを相伝したとあるが信じがたい。むしろ父没後の後見人に人を得ぬまま多くの芸事が退転し,独力で再興せざるを得なかった可能性すら考えられる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

かんぜそうせつ【観世宗節】

1509~1583) 室町後期・安土桃山時代の能役者。シテ方観世流。本名、元忠もとただ。将軍足利義輝に仕えたが、晩年は家康を頼って三河に下り、その保護をうけた。謡も舞も名手で、当意即妙の舞台を勤めたと伝える。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

観世宗節の関連キーワード清水谷公松能役者観世元忠金剛正明金春源七郎金春豊氏檜垣本吉久宝生宝山宝生養阿弥宮王道三

今日のキーワード

信長協奏曲(コンツェルト)

石井あゆみによる漫画作品。戦国時代にタイムスリップした現代の高校生が病弱な織田信長の身代わりとして生きていく姿を描く。『ゲッサン』2009年第1号から連載開始。小学館ゲッサン少年サンデーコミックス既刊...

続きを読む

コトバンク for iPhone