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観世黒雪 かんぜ こくせつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

観世黒雪 かんぜ-こくせつ

観世身愛(かんぜ-ただちか)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

観世黒雪

没年:寛永3.12.9(1627.1.26)
生年:永禄9(1566)
江戸時代能役者。9世観世大夫。8世元尚の嫡子。童名鬼若。初名与三郎照氏。のち与三郎忠親。隠居名身愛。12歳で父に死別し,18歳まで祖父の宗節の薫陶を受ける。徳川家康に厚く用いられ,駿府から京に進出して徳川家お抱えの大夫として活躍。のち慶長15(1610)年5月に駿府を出奔して高野山に籠もり,服部慰安斎暮閑を名乗ったがその2年後には帰参して観世左近大夫暮閑と称する。観世流謡本で全100番のいわゆる『元和卯月本』の刊行が元和6(1620)年に着手されており,彼は大夫として自らその校閲,監修に当たった。

(石井倫子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

かんぜこくせつ【観世黒雪】

1566‐1626(永禄9‐寛永3)
第9代観世大夫。8代観世大夫元尚の嫡男。12歳で父に死別,18歳まで祖父観世宗節の薫陶を受けた(《四座役者目録》)。童名鬼若,初名与三郎照氏。1589年(天正17)までに与三郎忠親と改名,さらに左近大夫身愛(ただちか)と改めた。当初は祖父以来の後援者徳川家康の根拠地,駿府での活動を主体としたらしいが,1588年ころからは家康の後援の下にしだいに京に進出(《毛利輝元上洛記》),93年(文禄2)には豊臣秀吉より四座の棟梁の一人として配当米を与えられた。

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大辞林 第三版の解説

かんぜこくせつ【観世黒雪】

1566~1626) 江戸初期の能役者。シテ方観世流。本名、身愛ただちか。宗家の通り名、左近を名のる。黒雪は法名。観世宗節の孫。三河の人。江戸に下って徳川家康・秀忠の援助をうけ、四座の筆頭として活躍した。

出典|三省堂
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