財政同盟(読み)ざいせいどうめい(その他表記)Fiscal Union

日本大百科全書(ニッポニカ) 「財政同盟」の意味・わかりやすい解説

財政同盟
ざいせいどうめい
Fiscal Union

ヨーロッパ連合(EU)がユーロ圏の経済収斂(しゅうれん)(経済・産業構造の格差是正、競争力の平準化、景気循環の同期化など)の促進、安定強化のために創設を目ざす財政面での同盟経済通貨同盟EMU)がうまく機能するためには、EMUに参加する国家間の経済格差を是正するための大規模な財政資金移転を行う財政同盟が必要であり、そのような財政同盟の実現はEU各国間の連帯を強化し、EUの究極の目標である政治同盟の実現にもつながると期待されていた。中央政府による大規模な財政資金移転は、労働力の移動や賃金物価の弾力性と並ぶ、最適通貨圏を構成するための重要な要件である。また、財政同盟構想そのものも、1960年代後半の経済・通貨統合の創生期からすでに存在していた。

 通常の国民国家では、地域間格差是正のために国内総生産(GDP)の1割強の財政資金移転が行われている。EUの場合も、均衡のとれた経済発展実現のためには、最低でも6%程度の財政資金移転が必要とされていた。にもかかわらず、EU予算規模は長らくEUのGDPの1%程度にとどまり、農業予算が全体の4割強を占めるなど資金配分にも偏りがみられる。受取国である南欧・中東欧諸国は、財政資金移転のさらなる拡充を求めているが、最大のドイツをはじめとする財政資金拠出国は、財政負担の増大には一貫して強い抵抗を示している。有力な財政資金拠出国であったイギリスのEU離脱(ブレグジット)も、EUの財政面では大きな痛手となる。

 加えて、ユーロ危機の際には、巨額の財政赤字や過剰な政府債務が危機の主因とされたことから、ドイツの強力な後押しのもと、EUは財政政策の運営監視、財政規律強化の方向に進みつつある。EUでは、ユーロ発足時に財政規律を定めた安定成長協定Stability and Growth Pactが締結されていたが、危機の防止にはほとんど役に立たなかった。そこで、より厳格な財政規律を課すために、2011年のヨーロピアン・セメスターEuropean Semesterの導入による加盟国の財政政策運営の監視強化を手始めに、ユーロプラス協定(ユーロ圏を中心とするEU諸国間で、経済政策協調の強化を通じて競争力の強化を図る枠組み)、シックスパックSix-Pack(財政運営の健全化やマクロ経済不均衡の是正を目的とした、EUの経済ガバナンス強化のための法制)が締結された。さらに、2012年3月には、「安定、協調およびガバナンスに関する条約Treaty on Stability, Coordination and Governance」(景気循環に左右されない構造的な財政赤字を対GDP比0.5%以下に抑えることを定め、これを憲法または同等の国内法で明文化することを義務づけた条約)とその中核である財政協定Fiscal Compactの締結により、イギリスとチェコを除くEU加盟国の憲法に財政均衡化を義務づける条項が盛り込まれることになった。

 このように、財政資金移転の増大により連帯と結束の強化を図り政治同盟の実現を目ざすという当初の方向から、財政規律を強化し健全な財政政策の運営が行われるようEUレベルでの監視を強めるという方向に、財政同盟の構想は変わりつつある。「真の経済通貨同盟(a genuine Economic and Monetary Union)」実現のためには、財政同盟も必要とされているが、もっぱら健全な財政政策の運営と財政規律の遵守を保証する制度構築に重点が置かれている。フランスは、ユーロ圏の強化の一環として、ヨーロッパ経済財務相ポストの創設や共通予算の拡充、ユーロ共同債の発行など、本来の財政同盟構想に近い改革プランを提案しているものの、ドイツをはじめ北部ユーロ圏諸国は、財政負担の増加に慎重な姿勢を崩しておらず、EU財政同盟構想の行方は不確かなものとなっている。

[星野 郁 2018年11月19日]

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