貨幣主義(読み)かへいしゅぎ(英語表記)monetarism

翻訳|monetarism

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

貨幣主義
かへいしゅぎ
monetarism

現代のマクロ経済学において名目貨幣量の動きをとくに重視する学派(マネタリズム)。1950年代以降ミルトン・フリードマンを中心に精力的に研究業績を蓄積し、70年代に入って、それまで主流派の地位にあったケインズ派をしのぐほどの学問的・実際的影響力を獲得するようになった。
 貨幣主義の重要な特徴は、〔1〕社会経済秩序と自由競争が維持されている限り市場経済では完全雇用均衡へ向かう自動調整メカニズムが働くという古典派的ビジョン(スミス主義)、〔2〕物価の長期的変化および物価と実質国民所得の短期的変化の支配的原因は名目貨幣量の変化であるという仮説(貨幣数量説)、〔3〕経済安定化のためには長期的な実質国民所得増加率と流通速度減少率の和に等しい固定率で名目貨幣量を増加させるというルール(X%ルール)に従う貨幣政策が適当であるという政策論(非積極主義non-activism)、および〔4〕経済学の目的は現実分析の道具としての経験的モデルの構築であり、モデルは絶えず経験的証拠によってテストされねばならないという方法論(経験主義)の4点に要約することができる。[加藤寛孝]

大不況の解釈

1930年代のアメリカの大不況は、ケインズをはじめ当時の多くの経済学者によってスミス主義的ビジョンを完全に否定する証拠と解釈され、また、不況を阻止したり回復を促進したりする点で「貨幣は重要でない。Money doesn't matter.」ことを示す証拠と解釈された。しかしフリードマンとシュワルツの記念碑的労作『合衆国の貨幣的歴史』(1963)の第7章「1929~33年の大縮小」は、前記のようなケインズらの大不況解釈がまったくの事実誤認であることを暴露した。
 すなわちフリードマンとシュワルツは、1929年秋に始まったアメリカの景気後退がついに史上最悪の大不況にまで発展してしまったのは、30年以降波状的に発生した銀行恐慌に対して連邦準備制度が「最後の貸し手」として出動せず、信用不安のため預金通貨が激減した結果であることをみごとに論証した。その結果、スミス主義と貨幣数量説に対する信頼は回復され、ケインズ革命に対する貨幣主義反革命の基礎が確立された。[加藤寛孝]

貨幣数量説の基礎

貨幣数量説の基礎は次の三つの仮定から成り立っている。第一は、名目貨幣量Mは貨幣当局(中央銀行)の貨幣政策によって決定されるという仮定である。
 第二は、家計や企業は全体として実質国民所得yのある割合kに相当する実質貨幣量を需要するという仮定である。このkは「マーシャルのk」とよばれる比率(貨幣の所得流通速度の逆数)であり、その大きさは実質国民所得水準、貨幣以外の金融資産の予想収益率(予想利子率)、実物資産の予想収益率(予想インフレ率)、貨幣・金融制度の発展状況、および将来の経済情勢の不確実性の程度などによって決定されるが、その決定関係は安定していると仮定される。
 第三は、Mが変化すると実質貨幣の供給と需要が均衡するように、すなわち貨幣市場の均衡条件
  M/P=ky     (1)
 が成立するようにk、y、および物価水準Pが適当に調整されるという仮定である。名目国民所得Yは定義によりY=Pyであるから、(1)式から
  M=kY      (2)
となる。kの変化は長期的にも短期的にも比較的小さいので、名目国民所得または名目総需要Yの変化を決定する支配的な原因は名目貨幣量Mの変化であるということになる。[加藤寛孝]

景気変動の原因

いま、国民経済の当初の定常的な完全雇用均衡状態が名目貨幣量Mの1回限りの増加によって攪乱(かくらん)されたとしよう。Mの増加により名目総需要Yが増加すると、物価水準Pが上昇し、実質国民所得(生産水準)yも増加する。労働者や資本家の物価予想がPの実際の上昇に応じてただちに調整されないため名目賃金率と名目利子率の調整が遅れ、企業が支払う実質賃金率と実質利子率が低下するので、企業は労働雇用量と生産量を増加させるようになる。こうして経済は好況状態になる。
 しかし、Mの増加によるYの増加がyを増加させる効果は一時的なものである。なぜなら、物価予想が上向きに調整され名目賃金率と名目利子率が引き上げられるにつれて、実質賃金率と実質利子率が上昇するので、企業は雇用量と生産量を削減するようになるからである。こうして経済は反転して不況状態となる。
 実質国民所得(生産水準)yの短期的な上下運動は景気変動または景気循環とよばれる。景気変動の原因としては貨幣量の変化以外にも多くの要因が考えられるが、経験的には、大きな景気変動の支配的な原因は名目貨幣量の変動であることがわかる。[加藤寛孝]

インフレーションの原因

貨幣的攪乱に対する前記のような動学的調整過程が完了すると、ふたたび完全雇用均衡状態が成立する。名目貨幣量の変化によって生産技術や消費者の嗜好(しこう)や貨幣・金融制度の変化が引き起こされることはないので、新しい均衡状態においてはyもkも以前の均衡値と同じ値になるはずである。したがって、(1)式から、究極的にはkyは変化しないので、「名目貨幣量Mが変化すると物価水準Pがそれに比例して変化する傾向がある」という数量説の有名な比例性命題が成立することになる。
 Mの増加によるYの増加は一時的には雇用・生産を拡大させはするが、結局は物価を上昇させるだけであるという貨幣数量説の結論を労働市場に応用して、単純なフィリップス曲線に基づいてインフレーションと失業の長期的トレード・オフを主張するケインズ派の欠陥を痛烈に批判したのが、フリードマンの自然失業率仮説である。
 さて、現実には、yもkも長期的な変化を示している。各変数の上に・印をつけて趨勢(すうせい)変化率を表すことにすると、(1)式から
  -- (3)
という関係式を導き出すことができる。現実の歴史的過程ではは正の値となっている。しかし、の値はとは独立に、技術進歩、人口増加、貨幣・金融制度の発展というような諸要因によって一定の値に決定されるものであるから、物価の趨勢上昇率(厳密な意味でのインフレ率)は、主として名目貨幣量の趨勢増加率によって決定されることになる。かくして「インフレーションは、いつでも、どこでも、貨幣的現象である」(フリードマン)。[加藤寛孝]

X%ルールの提案

貨幣量Mの変化が一時的に生産量yの大きさを左右することができるのであれば、Mとは独立の原因によって引き起こされるyの短期変動をちょうど相殺する効果を生むようにMを操作する貨幣政策によって、経済の完全な安定化を達成することができるように思われるかもしれない。しかし残念ながら、われわれはそのような裁量的な貨幣政策(積極主義activism)を効果的に遂行するのに必要な経済学的知識や予測能力をまだもっていない。とくにMの変化と、それによるY、y、Pの変化との間には、かなりの時の遅れがあり、その長さもそのときどきによって変化する。したがってMの変化が望みどおりの時期に望みどおりの効果を生むという保証はない。たとえば景気の回復を促進するためにMを増やした場合、経済が自律的に回復に向かったのちにその拡大効果が現れて、景気が過熱してしまうかもしれない。実際、過去の経験によれば、経済の安定化を目ざして実施された裁量的貨幣政策がかえって経済の不安定化要因となった例が多い。
 いずれにせよ、過去における大きな景気変動の支配的な原因は貨幣量の変動であった。したがって経済安定化のために貨幣政策に課せられる第一の任務は、大きな景気変動を生み出すような貨幣量の変動を生み出さないことである。そのためには、貨幣量を年々一定の固定率で増加させることが望ましい。
 いま、(3)式で
   (4)
となるようにすれば=0となり、趨勢的な物価安定を期待することができる。したがって、実質国民所得の趨勢増加率と「マーシャルのk」のそれとの和に等しい固定増加率で年々名目貨幣量を増加させるというルールに従って貨幣政策を運営するならば、大きな景気変動を防止しながら、長期的な実質経済成長と物価安定を実現することができるであろう。
 このX%ルールは、完全雇用と物価の適度の安定が実現された状態に適用されるべきものである。貨幣政策の失敗によってすでに激しいインフレーションが発生してしまっているときに、そのインフレーションを鎮静化させるためには、名目貨幣量の増加率を削減しなければならない。[加藤寛孝]

実際的影響

1960年代後半から先進諸国のインフレーションは加速され、70年代にはスタグフレーションになってしまった。これに対して各国はインフレ克服を第一目標とし、貨幣主義の影響のもとに貨幣量増加率の削減を目ざす貨幣量重視の貨幣政策を採用するようになった。
 わが国では1973~74年の過剰流動性と第一次石油ショックによる大インフレーションを克服するために貨幣量増加率を削減する貨幣政策が採用され、インフレ克服に成功したあとも物価安定を目標とする貨幣量重視政策が堅持されている。そのため79~80年の第二次石油ショックによるインフレは小さな程度ですみ、83年初めからM2(現金通貨・預金通貨・準通貨)+CD(譲渡性預金)の増加率は年率7%台に維持されており、84年12月の消費者物価は対前年同月比2.6%の上昇、卸売物価は同0.4%の上昇と、(2.6%告の失業率のもとで)物価はほとんど完全に安定するようになった。
 イギリスでは1979年5月以来サッチャー政権が貨幣量増加率の抑制を最重点政策としてインフレ克服に努力してきた結果、消費者物価上昇率は80年の対前年比18.0%から84年12月の対前年同月比4.6%へと著しく鈍化した。しかしこの間、失業率は増加し、83年3月には12.6%に達し、その後84年12月も12.8%と高水準を維持している。
 アメリカでは1981年1月以降レーガン政権が貨幣量増加率の削減によるインフレ抑制に全力をあげた結果、消費者物価上昇率は80年の対前年比13.5%から84年12月の対前年同月比4.0%へと著しく鈍化した。この間、失業率は増加し82年11月には10.6%に達したが、その後84年12月の7.1%まで減少してきた。
 貨幣量増加率を削減してインフレ抑制に努める場合に、一時的に失業率が増大することはインフレ抑制の不可避的なコストである。インフレ率の鈍化に応じて予想インフレ率が引き下げられ、経済活動がそれに適応するようになると、生産水準は増加に転じ失業率は自然失業率まで減少し、適度の物価安定と完全雇用を同時に達成することが可能になることは、自然失業率仮説の予測するところである。イギリスの場合は別として、上述のような日本とアメリカの状況は、この予測の正しさを立証しているようにみえる。(書籍版 1985年)[加藤寛孝]
『M・フリードマン著、保坂直達訳『インフレーションと失業』(1978・マグロウヒルブック) ▽R・J・ゴードン編、加藤寛孝訳『フリードマンの貨幣理論』(1978・マグロウヒルブック) ▽西山千明編著『フリードマンの思想』(1979・東京新聞出版局) ▽M. Friedman The Optimum Quantity of Money and Other Essays (1969, Aldine Publishing Co., Chicago) ▽M. Friedman and A. J. Schwartz A Monetary History of the United States 1867―1960 (1963, Princeton U. P.) ▽M. Friedman and A. J. Schwartz Monetary Trends in the United States and the United Kingdom (1982, U. of Chicago P.) ▽西山千明著『マネタリズム』(1976・東洋経済新報社) ▽W・プール著、佐藤隆三監訳『マネタリズム入門』(1981・日本経済新聞社) ▽新保生二著『現代日本経済の解明』(1979・東洋経済新報社) ▽加藤寛孝著『マネタリストの日本経済論』(1982・日本経済新聞社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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