翻訳|stagflation
スタグネーションstagnation(経済停滞)とインフレーションinflationの合成語。不況とインフレが同時進行する状況を示す。通常、フィリップス曲線で示されるように、経験的には不況下において物価水準は下落しており、失業率を減少させるためには物価水準の上昇を受け入れなければならないという、失業とインフレの間のトレード・オフの関係が存在するとされる。しかしながら、1960年代後半ごろにイギリスにおいて失業率の上昇と賃金の高騰によるコストプッシュ・インフレーションが同時に発生した。さらに、1973年の第一次オイル・ショック時においては、世界同時不況が発生する最中、先進国は軒並み二桁(けた)台の率で物価水準が上昇した。こうした失業とインフレの共存する現象を説明すべく、ミルトン・フリードマンに代表される、マネタリズム(貨幣主義)的インフレ解釈と、同じく経済政策が登場するに至った。すなわち、ある程度の高い失業率の下でインフレがおこると、将来の予想インフレ率が追随して上昇してしまう。財政・金融政策による引締めでこれを抑制して現実のインフレ率を落としても、予想インフレ率がそれに追随して落ち着くまでは、高失業率と高インフレ率が共存するのがスタグフレーションであるとし、これを防ぐためにはケインズ的政策を放棄して、貨幣供給を安定させ、経済の自律性を発揮させることが重要であるとするものである。
1979年のイラン革命に端を発した第二次オイル・ショックにより、世界経済はふたたびスタグフレーションの状況に追い込まれた。しかし、第一次オイル・ショック時には、1974年(昭和49)の日本の実質GDP(国内総生産)成長率が戦後初めてマイナスとなり、消費者物価の上昇率が20%を超えるほどであったのに対し、第二次オイル・ショックが日本経済に与えたインパクトは、第一次オイル・ショックほどには大きくならなかった。これは、第二次オイル・ショック時には、第一次オイル・ショック時と異なり国内要因のインフレがおきていなかったこと、第一次オイル・ショックの教訓を生かして財政面・金融面それぞれにおいて総需要抑制策・引締め策が迅速に行われたこと、そして賃金上昇率が抑えられたことなどが功を奏したものと思われる。
[一杉哲也・羽田 亨]
高い失業率に代表される不況と,インフレーションとが共存する状態を指す。景気の低迷を意味するスタグネーションstagnationをインフレーションと結びつけて造られた言葉である。なおスランプフレーションslumpflationも同義である。1973年秋の第1次石油危機のあと,不況とインフレの二重苦に悩むアメリカ経済を指してマスコミが盛んに用いたが,現在では経済学用語として定着している。
第2次大戦後のアメリカ経済は,1950年代後半のクリーピング・インフレーションという不況下の物価上昇現象もあったが,主としてインフレ率と失業率との間には安定した負の相関関係(フィリップス曲線)があると考えられていた。そこで財政・金融政策により有効需要を高めに安定させ,失業率をできるだけ低い水準に抑え,その代償として緩やかなインフレを容認する,という政策思潮が有力であった。しかし60年代終りからアメリカ経済のインフレ傾向は強まっていき,数次にわたる引締政策にもかかわらず,70年代前半を通じてインフレ率は趨勢(すうせい)的に上昇を示したが,反面,失業率は引締めのたびごとに上昇していった。そして75年にはインフレ率は9.3%,失業率は8.5%と,ともに1950年以来の最高を記録した。このようなインフレ率と失業率の趨勢的な上昇は,ほとんどの西側諸国に共通の現象であり,それまでの経済政策のあり方やマクロ経済学が大きく変わる契機となった。すなわち経済政策では,有効需要のコントロールを積極的に行うというケインズ的な考え方は後退し,均衡財政と通貨量の安定的な増加を主眼とし市場経済の自律性にゆだねるマネタリスト(マネタリズム)的な考え方が有力となった。また理論面では,期待インフレ率の役割が重視されるようになり,自然失業率仮説や,合理的期待形成仮説を生んだ。
現在ではスタグフレーションは,期待インフレ率の上昇により起こるものと考えられている。すなわち短期的には期待インフレ率一定のもとで実際のインフレ率と失業率との間に負の相関関係(フィリップス曲線)が存在する。しかし実際のインフレ率が期待インフレ率を上回ると,後者は上方修正され,その結果フィリップス曲線も上方にシフトする。つまり,財政,金融両政策により有効需要を高い水準に維持し,失業率を人為的に抑えておこうとすると,期待インフレ率が上昇してくる。いったん期待インフレ率が高くなると,インフレ抑制のために強い引締政策を実施しても,失業率が増えてもインフレ率は与えられたフィリップス曲線に沿って緩やかにしか低下しない。引締策を堅持すれば,現実のインフレ率が期待インフレ率を下回る状態が続くことにより,期待インフレ率がしだいに低下していく。しかしその間,高い失業率と水準としてはなお高いインフレ率とが共存する,スタグフレーションの状態がしばらくは続くことになると考えられる。
執筆者:小椋 正立
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…しかし実際には,アメリカにおいて1956‐58年にみられたように,不況と当時としては比較的高いインフレ率とが共存した時期もあった。さらに70年代において高い失業率と高いインフレ率の共存傾向がきわめて明らかになり,スタグフレーションという術語が経済学用語として定着した。こうした状況下でマクロ経済学においては自然失業率仮説が主流となった。…
※「スタグフレーション」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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