辛科神社(読み)からしなじんじや

日本歴史地名大系 「辛科神社」の解説

辛科神社
からしなじんじや

[現在地名]吉井町神保 宮

俗称上神保(うわじんぼ)の西端、長根(ながね)に接する地に鎮座し、小丘上の境内には杉・欅・松などの大木や雑木が茂り森をなしている。祭神は速須佐之男命・五十猛命を主神に相殿神一五柱を祀る。旧郷社。社名は古代韓級(からしな)(辛科)郷の名を伝え、和銅四年(七一一)の多胡(たご)郡建置に際し、総鎮守として外来人に崇敬されたものと考えられる。総社本「上野国神名帳」には多胡郡二五座の筆頭に「従二位辛科明神」、また一四世紀中頃の「神道集」にも「多胡ノ郡ノ鎮守辛科ノ大明神」とあり、中世においても郡中の崇敬を集めていた。享保一三年(一七二八)宗源宣旨(社蔵)により正一位が授与された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む