辛科神社(読み)からしなじんじや

日本歴史地名大系 「辛科神社」の解説

辛科神社
からしなじんじや

[現在地名]吉井町神保 宮

俗称上神保うわじんぼの西端、長根ながねに接する地に鎮座し、小丘上の境内には杉・欅・松などの大木雑木が茂り森をなしている。祭神は速須佐之男命・五十猛命を主神に相殿神一五柱を祀る。旧郷社。社名は古代韓級からしな(辛科)郷の名を伝え、和銅四年(七一一)多胡たご郡建置に際し、総鎮守として外来人に崇敬されたものと考えられる。総社本「上野国神名帳」には多胡郡二五座の筆頭に「従二位辛科明神」、また一四世紀中頃の「神道集」にも「多胡ノ郡ノ鎮守辛科ノ大明神」とあり、中世においても郡中の崇敬を集めていた。享保一三年(一七二八)宗源宣旨(社蔵)により正一位が授与された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む