辺文進(読み)へんぶんしん(英語表記)Bian Wen-jin

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

辺文進
へんぶんしん
Bian Wen-jin

中国,明前期,15世紀前半の花鳥画家。原籍は隴西 (甘粛省) ,沙県 (福建省) の人。字は景昭 (一説に諱は景昭,字は文進) 。永楽期 (1403~24) 画院に入り,その 翎毛画 (れいもうが) は蒋子成の人物画,趙廉の画虎と合せて「禁中三絶」と称され,宣徳1 (26) 年には七十余歳でなお武英殿待詔であった。南宋院体花鳥画の伝統を継承しながらも,平面的,装飾的な様式を樹立し,多くの後継者を生んだ。作品に『三友百禽図』 (1403,台北,故宮博物館院) ,『春禽花木図』 (上海博物館) などがある。子の楚祥,楚善も花鳥画にすぐれた。

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百科事典マイペディアの解説

辺文進【へんぶんしん】

中国,明代の宮廷画家生没年不詳。永楽年間(1402年―1424年)に宮中に入り,のち宣宗に厚遇された。肥痩(ひそう)の激しい輪郭線や大まかな着彩法,金泥線などを用いて装飾性の濃い花鳥画を描き,呂紀と並び称された。博学で詩文もよくした。

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世界大百科事典 第2版の解説

へんぶんしん【辺文進 Biān Wén jìn】

中国,明代の画家。生没年は不明。字は景昭。一説に名を景昭,字を文進とする。福建省沙県の人。作品の款記等より甘粛省隴西(ろうせい)の人とする説もあるが,隴西は辺氏の原籍と考えられる。永楽年間(1403‐24)に召されて宮廷の画院画家となり,武英殿待詔を授かった。博学で詩もよくしたが,鉤勒塡彩(こうろくてんさい)の黄氏体(こうしたい)の伝統的画法を継承した明初を代表する花鳥画家で,当時,蔣子成の人物,趙廉の虎とともに宮中三絶と称賛された。

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