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進藤喜平太 しんとう きへいた

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

進藤喜平太 しんとう-きへいた

1851*-1925 明治-大正時代の国家主義者。
嘉永(かえい)3年12月5日生まれ。福岡藩校文武館にはいり,のち高場乱(おさむ)の興志塾にまなぶ。明治8年頭山満らと矯志社をおこす。萩の乱で捕らえられたあと,12年箱田六輔(ろくすけ)らと向陽社(のち玄洋社)を結成。箱田の死後,社長となる。39年衆議院議員(憲政本党)。大正14年5月11日死去。76歳。筑前(ちくぜん)(福岡県)出身。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

しんどうきへいた【進藤喜平太】

1851‐1925(嘉永4‐大正14)
明治・大正期の政治家。福岡藩士。1869年(明治2)箱田六輔らと就義隊を組織して福岡藩兵制改革を唱えたときから頭角をあらわし,75年武部小四郎,頭山満らと矯志社を結成して自由民権運動に参加。81年玄洋社を結成し,箱田六輔の死後社長となり,〈九州侍所の別当〉と称された。1906年福岡市から代議士に当選,憲政本党に属する。12年国民党の応援を得て出馬したが落選し政界を退く。【後藤 靖

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