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憲政本党 けんせいほんとう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

憲政本党
けんせいほんとう

日本の政党。 1898年 10月,憲政党が旧進歩党系と旧自由党系に分裂したことを受け,翌 11月,進歩党系が大隈重信を党首として結成。 1900年に結成された立憲政友会におされて党勢はふるわず,藩閥勢力との提携を主張する動きもあり,内部対立が続いた。

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デジタル大辞泉の解説

けんせい‐ほんとう〔‐ホンタウ〕【憲政本党】

明治31年(1898)、憲政党の分裂により、旧進歩党系によって結成された政党。同43年、改組して立憲国民党となる。

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百科事典マイペディアの解説

憲政本党【けんせいほんとう】

明治時代の政党。1898年憲政党の分裂で旧進歩党を中心に結成。立憲政友会の結成に対抗して1900年大隈重信が総理に就任。日露戦争中は戦争を支持したが,講和条約の内容が明らかになると非講和運動を展開。
→関連項目河野広中東海散士

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世界大百科事典 第2版の解説

けんせいほんとう【憲政本党】

明治後期の政党。1898年10月隈板(大隈・板垣)内閣が瓦解し,旧自由派が憲政党の党名と綱領・党則を継承したため,旧進歩派は11月3日党名を憲政本党とし,綱領に政党内閣の樹立,通商貿易の拡張,財政の均衡,産業の振作,国力に応じた陸海軍の整備などを掲げ,総務委員には河野広中工藤行幹らを選び,所属代議士116名を数えた。結党直後の第13議会に政府が提出した地租増徴法案には反対運動を展開し,1900年の北清事変(義和団)を契機に国民同盟会の中心となって対外硬運動を推進した。

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大辞林 第三版の解説

けんせいほんとう【憲政本党】

1898年(明治31)憲政党の分裂によって、旧進歩党系が組織した党。1910年小会派を合同して立憲国民党となる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

憲政本党
けんせいほんとう

明治時代後期の政党。1898年(明治31)憲政党が分裂し、11月3日旧進歩派が中心となって結成した。第13議会では政府提出の地租増徴案に反対して全国的な運動を展開、1900年(明治33)伊藤博文(ひろぶみ)の立憲政友会の結成に伴う党内動揺を食い止めるため大隈重信(おおくましげのぶ)が総理に就任した。翌年義和団(ぎわだん)事件の戦費補填(ほてん)を名目とする増税案に賛成したため、30余名の脱党者を出して党勢は弱体化した。第一次桂(かつら)太郎内閣に対しては野党として行財政の整理を要求、日露戦争前には政友会と提携して野党色を強めたが、開戦とともに戦争を支持し、莫大(ばくだい)な戦費の捻出と関係法案の成立に努めた。05年(明治38)日露講和条約の内容が判明すると、これに反対して全国的な非講和運動を展開した。戦後も野党として党勢振るわず、07年には大隈の党首引退となった。翌08年6月ごろから政友会に対抗するため非政友合同の運動が起こるが、各党の思惑は一致せず、党内にも、桂太郎・大浦兼武(かねたけ)らの官僚派に接近しようとする大石正巳(まさみ)らの改革派と、犬養毅(いぬかいつよし)らの民党主義を堅持しようとする非改革派が対立した。09年日糖(にっとう)疑獄事件を契機に改革派の勢力は衰え、10年3月13日、又新(ゆうしん)会、無名会や旧戊申倶楽部(ぼしんくらぶ)の一部と合同して立憲国民党を結成した。[宇野俊一]

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