江戸後期の俳人。姓は鈴木,名は由之。別号は金令舎,十時庵など。仙台藩医の子。江戸にて医を業とし,俳諧を白雄(しらお)に学ぶ。師の没後春秋庵の継承に失敗したが,政治的手腕を発揮してその筆頭に納まる。また江戸の人々はもとより,地方俳士にまで交流を広げ,当代第一人者の地位を築いた。《無孔笛》を著して中興の諸大家を酷評し,師の白雄をも難じた血気盛んな人物である。論敵も多く,晩年その非難を受けた。俳諧は趣向を重視し,新奇を求めて技巧に走り,平俗に傾いて天保の月並調に通じる。しかし時流の自然趣味に添って卑近な野趣を巧みに吟じた老練さもある。編著は多く,主なものは《道彦七部集》に採録。追善集《はなばかま》ほか数編。〈ゆさゆさと桜もてくる月夜哉〉(《蔦本集》)。
執筆者:石川 真弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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