遠山稲子(読み)トオヤマ イネコ

20世紀日本人名事典 「遠山稲子」の解説

遠山 稲子
トオヤマ イネコ

明治期の歌人



生年
明治7年(1874年)

没年
大正1(1912)年10月5日

出生地
埼玉県大里郡佐谷田村

経歴
鈴木弘恭高崎正風和歌を学び、明治39年勅題「新年河」に詠進する。大正元年師・高崎正風没後、その歌論書「歌ものがたり」を編纂刊行した。「稲子遺稿」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「遠山稲子」の解説

遠山稲子 とおやま-いねこ

1874-1912 明治時代の歌人。
明治7年生まれ。宮内省御歌所(おうたどころ)寄人(よりゅうど)遠山英一と結婚。鈴木弘恭(ひろやす),高崎正風(まさかぜ)にまなび,明治39年の歌会始めに入選。正風の歌論をあつめた「歌ものがたり」を刊行した。大正元年10月5日死去。39歳。埼玉県出身。旧姓福木

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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