日本大百科全書(ニッポニカ) 「遺伝子治療薬」の意味・わかりやすい解説
遺伝子治療薬
いでんしちりょうやく
gene therapy agent
遺伝子または遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与するために用いられる薬剤。
厚生労働省の「遺伝子治療等臨床研究に関する指針」では、疾患の治療や予防を目的として、遺伝子または遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与することを「遺伝子治療」と定義しており、遺伝子治療において、遺伝子を人の体内に投与するために使用されるものが遺伝子治療薬、または遺伝子治療用製品と称されている。先天的な遺伝子の異常や欠損により、特定のタンパク質を生成することができなくなって発症している遺伝性疾患の治療に有効である。
遺伝子治療薬は、遺伝子を人体に投与する運び屋(ベクター)として、おもに人体に影響のないウイルスが細胞に感染する仕組みを利用する薬剤(ウイルスベクター)と、ウイルス以外の方法が用いられている薬剤に大別されている。ウイルスベクターに使用されているウイルスは、おもにアデノウイルス、アデノ随伴ウイルスやレトロウイルス、またウイルス以外のベクターとしては環状の2本鎖DNAのプラスミドなどが使用されている。
2012年、EU(ヨーロッパ連合)で初めて遺伝子治療薬alipogene tiparvovec(商品名:Glybera)が家族性リポタンパク質リパーゼ欠損症治療薬として登場して以来、世界各地で遺伝子治療薬の開発が進んでいる。日本においても、慢性動脈閉塞(へいそく)症治療薬ベペルミノゲン ペルプラスミド(商品名:コラテジェン)が2019年(令和1)9月に国内初の遺伝子治療薬として承認された。コラテジェンは、世界で初めてウイルス以外のベクターとしてプラスミドを使用した、肝細胞増殖因子(HGF)というタンパク質を生成する遺伝子が主成分で、足の血管が閉塞して血流障害を起こしている慢性動脈閉塞症に適応を有する薬剤である。
遺伝子治療薬は、遺伝性疾患等に有効性が高く、先端技術を活用した薬剤であるが、一方で治療等に要する費用が高いことが課題となっている。アメリカで2億円超となり話題となったオナセムノゲン アベパルボベク(商品名:ゾルゲンスマ)は、単一遺伝子(SMN遺伝子)の異常により発症する遺伝性疾患の脊髄(せきずい)性筋萎縮(いしゅく)症の遺伝子治療薬であり、日本では2020年5月時点で薬価が国内最高額(1億6700万円)の医薬品となった。意見は分かれるものの、ゾルゲンスマはアデノ随伴ウイルスに正常なSMN遺伝子を組み込んだ薬剤で、1回の投与で疾患が根治する可能性もあり、費用対効果は高いとの評価もある。
[北村正樹 2023年5月18日]