邑智郷(読み)おうちごう

日本歴史地名大系 「邑智郷」の解説

邑智郷
おうちごう

和名抄」にみえるが諸本ともに訓はない。武田本「延喜式」神名帳に同名の石見国邑智郡に「おほち」の古訓を伝えているので、「おうち」と読むことに問題はない。「三代実録」仁和元年(八八五)九月二一日条に、大和国添上郡の従七位上相模宿禰阿古麻呂が言上して、父の相模宿禰仁麻呂はもと大和国添上郡八島郷の人であったが、弘仁五年(八一四)に河内大目に任ぜられ、退任ののち渋川郡邑智郷に居住して子孫繁多となった、それゆえ当土に貫付してほしいと願って許されたとある。延久四年(一〇七二)九月五日の太政官牒(石清水文書)にみえる大地おおじ庄は当郷内に成立した庄園と考えられ、近世の渋川郡大地村(現生野区)も同所であろう。


邑智郷
おうちごう

「和名抄」にみえるが、諸本ともに訓はない。しかし後掲の宝亀二年(七七一)史料に大路郷とも書かれていることと、武田本「延喜式」神名帳に石見国邑智郡に「オホチ」の古訓を伝えていることから、「おうち」と読むことに問題はない。「日本地理志料」は志紀郡に北接する渋川郡に同名の郷があることから、かつて邑智と称された地域が立郡時に二分されたものとし、北木本きたきのもと木本・南木本・太田おおた(現八尾市)小山こやま(現藤井寺市)の地かとするが、「大日本地名辞書」は渋川郡の同名郷の地が離れた地にあるため未詳としながらも太田付近かとし、「大阪府全志」は北木本・南木本の地に郷域を求めている。いちおう木本を中心とする地域に比定することが妥当であろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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