日本歴史地名大系 「那須郡衙跡」の解説
那須郡衙跡
なすぐんがあと
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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古代、下野(しもつけ)国那須郡の郡衙跡。栃木県那須郡那珂川(なかがわ)町小川(おがわ)の梅曽(うめそ)に所在する。1940年(昭和15)耕作中に偶然銅印(東京国立博物館蔵、重要文化財)が発見され注目された。この時点より「梅曽廃寺跡」と称されてきた。1955年(昭和30)、1966年、1967年、1968年、1969年、1975年と6回にわたって発掘調査され、四十数棟に及ぶ建造物跡が検出され、那須郡衙跡と推定されるに至った。また同時に、これらの遺構は、四至(しいし)限を溝によって区画された倉庫群の、いわゆる「倉院」と、この倉院の外にある倉庫形態とは異なった井戸をもつ掘立て柱建造物の一群との二ブロックに分かれることも明らかになった。また倉院についても、第一期と、それをさらに西に拡張した第二期の造営時期が認められる。1969年国史跡に指定。
[大川 清]
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...
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