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重慶政府 じゅうけいせいふChong-qing zheng-fu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

重慶政府
じゅうけいせいふ
Chong-qing zheng-fu

1937年11月~1946年4月重慶に置かれていた中華民国国民政府(国府)の俗称。1937年11月国府は南京から重慶に移り,12月南京は日本軍に占領された。重慶に移った国府は,日本軍の全面的武力侵略の激化に対して,1939年国防最高委員会を設けて軍事委員および五院に命令を下すことのできる戦時最高統制機関とし,また 1943年国府主席を陸海空軍大元帥として再任も可能と決めるなど,蒋介石の権限をますます強化した。一方,自己の軍隊は四川省,貴州省などに温存させ,前線には八路軍新四軍をあて,アメリカ合衆国など列国からの軍事的財政的援助は蒋介石の独裁を強める手段として用いられた。日本の敗戦後,1946年5月1日国府は重慶から南京に遷都した。1948年1月国府の名称が「中華民国政府」と改称されたのち,国共内戦に敗れて 1949年首都を南京から広州,重慶,成都,台北へと順次移転させた時期に,一時重慶にも政府が置かれた。(→日中戦争

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大辞林 第三版の解説

じゅうけいせいふ【重慶政府】

中国の国民政府が、日中戦争のとき、漢口から重慶に遷都し、抗日戦を継続した政府。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

重慶政府
じゅうけいせいふ

中国、四川(しせん/スーチョワン)省の重慶(じゅうけい/チョンチン)に都を置いていた時期の国民政府をいう。1937年11月20日、国民政府は、日本軍の首都南京(ナンキン)侵攻を前にして重慶への「遷都宣言」を発表して移転を開始し、戦後46年5月1日、ふたたび南京に還都した。なお、戦時中の日本政府や軍部のように、国民政府(蒋介石(しょうかいせき/チヤンチエシー)政権)の全国支配を否認し、一地方政権にすぎないとみなす立場から、あえて重慶政府という呼称を用いることもあった。[安井三吉]

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