野麦道(読み)のむぎみち

日本歴史地名大系 「野麦道」の解説

野麦道
のむぎみち

享保九年(一七二四)成立の「信府統記」によると、「松本ヨリ飛騨高山ヘノ道程」の項に本道と山道の両道のあることが記されている。この本道を野麦道としており、その道筋を次のように記している。

<資料は省略されています>

また、松本から梓(あずさ)川右岸を通って橋場番所(はしばばんしよ)(夏道という、波田の三溝(はたのさみぞ)で梓川を渡って左岸に出て、焼(やけ)山・大野田(おおのた)・島々(しましま)を経て橋場に出る道を冬道という)に出、稲(いねこき)・入山(にゆうやま)・角(つの)ヶ平(だいら)・古宿(ふるやど)を経て寄合渡(よりあいど)で落ち合う道があり、安曇郡地方ではこれをも野麦道と称しており、藪原(やぶはら)から境(さかい)峠を越えて寄合渡に出る(五里)分だけ近道であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む