金徳寺跡(読み)きんとくじあと

日本歴史地名大系 「金徳寺跡」の解説

金徳寺跡
きんとくじあと

[現在地名]徳地町大字堀 上庄方

南流する佐波川右岸上庄方かみしようがたにあった真言宗寺院。狗留孫山と号し、本尊釈迦如来

「注進案」によれば、開創年代は不詳であるが天武天皇の勅願寺であったと伝え、東大寺再建の頃、大勧進俊乗房重源が当寺に滞在、中興開山となったという。その後の変遷はつまびらかでないが、小古祖の長谷おごそのちようごく寺旧蔵の大般若経の応永二六年(一四一九)の奥書に「二宮社坊玉薀山金徳寺源曹写之」とみえる。

金徳寺は山岳霊場狗留孫くるそん(五四四・一メートル)の寺院であり、もとは山中観音かんのん堂の傍らにあったが元禄一二年(一六九九)火災に遭い、宝暦二年(一七五二)に山下の上庄方の地に移った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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