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金枓奉 きんとほう Kim Tu‐bong

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世界大百科事典 第2版の解説

きんとほう【金枓奉 Kim Tu‐bong】

1890‐1961
朝鮮の民族運動家。統一戦線型の社会主義者である。愛国啓蒙運動に加わり,周時経に師事して朝鮮語文を研究,民族系私立学校の教壇に立つ。三・一独立運動直後上海に渡り,李東輝等を通じて共産主義を知る。1935年以後金元鳳の朝鮮民族革命党に加わっていたが,42年ころ延安に移り朝鮮独立同盟委員長。解放後は北朝鮮に帰り,新民党労働党委員長をはじめ要職を歴任したが,延安派の失脚により,58年3月以後公職から退いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


きんとほう / キムトボン
(1889―?)

北朝鮮の学者、政治家。慶尚南道(けいしょういなんどう/キョンサンナムド)機張に生まれる。普明中学校卒業後、教育に携わり、ハングル学者として名をあげた。1919年の三・一独立運動に参加したのち上海(シャンハイ)に亡命し、大韓民国臨時政府に参加。1940年延安(えんあん/ヨンアン)に入り、延安政治学校校長となり、1942年朝鮮独立同盟主席に就任。1945年、帰国後新民党を創立し、1946年北朝鮮共産党との合党による北朝鮮労働党委員長となる。以後、金日成(きんにっせい)大学総長、最高人民会議常任委員長(国家元首)、祖国統一民主主義戦線議長などの要職を歴任した。1956年、反金日成運動に加担したため、1958年に党を除名され、奥地山村の農牧場に追放された。その後、消息不明となり、死去したといわれる。[玉城 素]

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