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大韓民国臨時政府 だいかんみんこくりんじせいふTaehan minguk imsi chǒngbu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大韓民国臨時政府
だいかんみんこくりんじせいふ
Taehan minguk imsi chǒngbu

1919年の三・一運動の展開のなかで組織され,45年解放まで朝鮮民族独立運動を推進した機関。初めはウラジオストック,上海,ソウルの3ヵ所で樹立宣言されたが,19年9月上海臨時政府に統合され,臨時大統領イ・スンマン (李承晩) ,国務総理李東輝,および安昌浩らが主導した。アメリカ,ソ連,中国諸国や国際連盟などに対し外交交渉を展開する一方,『独立新聞』を発行して内外の朝鮮人の独立思想を鼓吹し,中国東北地方 (満州) の武装独立軍や秘密組織 (連通制) を通じて国内とも結ばれていた。日本警察の妨害,圧力や内部でのイデオロギーの対立による社会主義者の離脱などで,20年代の後半は一時凋落したが,満州事変以後再び活発になり,40年重慶に移ってからは主席金九の指導のもとに大韓光復軍を組織して,連合国に協力した。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

大韓民国臨時政府

日本の植民地時代だった1919年4月、朝鮮人独立運動家たちが上海で樹立を宣言した。しかし、樹立後は内部の対立などで弱体化し、終戦後に進駐した米軍も正統な政府として認めなかった。

(2015-09-05 朝日新聞 朝刊 1外報)

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世界大百科事典 第2版の解説

だいかんみんこくりんじせいふ【大韓民国臨時政府】

1919年4月朝鮮人独立運動家たちが上海で組織した亡命政府三・一独立運動勃発後,独立運動の継続と拡大のため,また対外的にも民族の統一的な指導機構の必要性が痛感され,内外各地で政府樹立計画がすすめられた。当時上海には申圭植,申采浩呂運亨李光洙ら多くの独立運動家が集結していたが,彼らは臨時議政院を組織し,李承晩首班とする閣僚を選出,臨時憲章を制定し,大韓民国臨時政府(臨政)の樹立を宣言した。同じころソウルとシベリアでも臨時政府樹立が宣言されたが,それはやがて上海を基盤に統合されていく。

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大辞林 第三版の解説

だいかんみんこくりんじせいふ【大韓民国臨時政府】

1919年四月、上海で朝鮮の独立運動家たちによって結成された臨時政府。李承晩を国務総理に、完全独立、民主共和制、集会・結社の自由などを掲げて活動した。

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