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長野業政 ながの なりまさ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

長野業政 ながの-なりまさ

1499-1561 戦国時代の武将。
明応8年生まれ。上野(こうずけ)(群馬県)箕輪(みのわ)城主。関東管領(かんれい)上杉憲政(のりまさ)につかえる。憲政が上野をしりぞいたあと,北条氏と武田氏の侵攻に対抗して箕輪城を拠点にたたかった。永禄(えいろく)3年長尾景虎(上杉謙信)の関東出陣にくわわった。永禄4年6月21日死去。63歳。通称は信濃守(しなののかみ),一盛斎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

長野業政

没年:永禄4.6.21(1561.8.2)
生年:明応8(1499)
戦国時代の武将。憲業の次男。信濃守。一盛斎と称す。関東管領上杉憲政に仕え,榛名山東南麓の箕輪城を本拠とし,西上野地方最大の武士団である箕輪衆の旗頭となった。永禄3(1560)年上杉氏の関東出陣の折に成立した「関東幕注文」(『上杉家文書』)によると,箕輪衆19人のうち業政と同じ檜扇の紋を持つ者10人,あとの9人は榛名山周辺の武士たちである。業政は12人の子女を小幡氏・安中氏など西上野の領主たちに嫁がせ,武田氏・北条氏の侵攻に備えた。西からの武田信玄の侵攻を前に63歳で没。墓所は群馬県箕郷町長純寺にある。<参考文献>近藤義雄『箕輪城と長野氏』(『上毛文庫』4巻)

(唐澤定市)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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