日本歴史地名大系 「阿久津河岸」の解説
阿久津河岸
あくつかし
鬼怒川中流の左岸にあり、奥州街道の
慶安四年(一六五一)の「下野一国」の「衣川舟道」「かし」に阿久津河岸がみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
鬼怒川中流の左岸にあり、奥州街道の
慶安四年(一六五一)の「下野一国」の「衣川舟道」「かし」に阿久津河岸がみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…また,下流部の真岡市勝瓜(かつうり)には勝瓜頭首工が建設され,大井口,江連,吉田などの用水で約9400haを灌漑している。 鬼怒川は中近世には水上交通路として重要であり,阿久津河岸(現,高根沢町)は会津などからの廻米や木炭などの積換港として栄え,水海道(みつかいどう)は鬼怒川水運の河岸として発達した。1629年(寛永6)小貝川を分離し,1621年(元和7)から54年(承応3)にいたる数次の開削で鬼怒川が利根川の支流となったことは,画期的な流路変更であった。…
※「阿久津河岸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新