陰山東門(読み)かげやま とうもん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「陰山東門」の解説

陰山東門 かげやま-とうもん

1669-1732 江戸時代中期の儒者,和算家
寛文9年生まれ。紀伊(きい)和歌山藩士。伊藤仁斎にまなび,算学にも通じ,井田法を研究。祇園南海らとともに藩校講釈所の主長となった。享保(きょうほう)17年閏(うるう)5月12日死去。64歳。名は元質。字(あざな)は淳夫。通称は源七。著作に「田禄図経」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「陰山東門」の意味・わかりやすい解説

陰山東門
かげやまとうもん

[生]寛文9(1669)
[没]享保17(1732)
江戸時代中期の古学派の儒学者,数学者。伊藤仁斎に学ぶ。紀州藩出仕。有用の実学を志し,数学をよくする。著書『田禄図経』。

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