雄勝柵(読み)おかちのき

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

雄勝柵
おかちのき

秋田県雄勝郡内に置かれた横手盆地開拓経営基地の古代城柵(じょうさく)。雄勝城ともいう。『続日本紀(しょくにほんぎ)』によれば、759年(天平宝字3)陸奥出羽按察使(むつでわあぜち)藤原恵美朝猟(えみのあさかり)によって陸奥国桃生(ものう)城とともに雄勝城として築営された。この地方の経営は、733年(天平5)出羽柵(いではのき)が秋田村高清水(たかしみず)岡に北進すると同時に、横手盆地南西端西馬音内(にしもない)扇状地上部に雄勝郡衙(ぐんが)が置かれたのに始まり、やがて雄勝柵が営まれた。737年には按察使大野東人(おおののあずまひと)が陸奥国多賀柵(たがのき)(後の多賀城)から6000の大軍を率いて雄勝に進出しようとするなど重視されていた。たびたび柵戸(きのへ)が配置され、橘奈良麻呂(たちばなのならまろ)の乱関係者も柵戸にされた。男勝、小勝の文字もあてられたが、古代出羽では国府、秋田城、雄勝城は一府二城として平安時代まで重要な存在であった。[新野直吉]
『新野直吉著『古代の国々・出羽の国』(1973・学生社)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

おかち‐の‐き をかち‥【雄勝柵】

奈良時代、蝦夷征伐や東北経営の拠点として築かれた城柵(じょうさく)。比定地としては秋田県雄勝郡羽後町が有力。天平宝字三年(七五九)完成。平安前期までその役割を果たした。雄勝城。

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