日本歴史地名大系 「難波屯倉」の解説
難波屯倉
なにわのみやけ
安閑天皇元年一〇月に天皇の妃、宅媛に賜ったという屯倉。「日本書紀」によれば、宅媛は大連物部木蓮子の女で、安閑との間に子がなかったため天皇は名を後代に留めるためにこの屯倉と郡ごとの钁丁とを宅媛に与えたという。钁丁は日本古代の文献では、このほかに摂津の三島の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
安閑天皇元年一〇月に天皇の妃、宅媛に賜ったという屯倉。「日本書紀」によれば、宅媛は大連物部木蓮子の女で、安閑との間に子がなかったため天皇は名を後代に留めるためにこの屯倉と郡ごとの钁丁とを宅媛に与えたという。钁丁は日本古代の文献では、このほかに摂津の三島の
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