雲龍寺(読み)うんりゆうじ

日本歴史地名大系 「雲龍寺」の解説

雲龍寺
うんりゆうじ

[現在地名]三木市上の丸町

城山しろやまの南西隅にあり、北に三木平野を見下ろす高燥の地にある。高源山と号し、曹洞宗本尊釈迦如来。天徳二年(九五八)慈恵の創立と伝え、村上天皇の勅願所であった。その後しばらく廃絶していたが、元亨二年(一三二二)赤松円心が再興したという。応永年中(一三九四―一四二八)三木城主別所加賀守(円心六代の孫)が香華料として高二〇〇石を寄付、規模を一新し異忠明穎を請じて開山とした。


雲龍寺
うんりゆうじ

[現在地名]館林市下早川田町

下早川田しもさがわだ町の北端、渡良瀬川の北岸の飛地字しまうちにある。瑞光山と号し、曹洞宗。本尊は釈迦如来。天文二二年(一五五三)早川田喜六郎唯種の菩提を弔うため、その家臣川村将監・斎藤日向により創建されたといい、唯種の法名は雲龍寺殿であったとされる。その後衰微したのを元亀年間(一五七〇―七三)茂林もりん寺七世月舟禅師により再興されたと伝える。現本堂は天保一五年(一八四四)の再建。境内下野の佐野氏の家臣早河田氏の居館跡といわれる。戦国末期から近世初頭にかけて、その子孫に下総国古河藩主永井直勝の家老佐河田昌俊がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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