指揮統制のための通信機器、敵を発見するためのレーダー、ミサイル誘導装置などに使用されている電磁波に関する軍事的活動。この領域での優勢確保が現代戦で不可欠とされ、宇宙、サイバーとともに「新たな防衛領域」とされる。敵の通信機器に強力な電波を発して妨害する「攻撃」、装備品のステルス化や周波数変更により敵の電子攻撃を防ぐ「防護」、敵の電磁波に関する情報を収集する「支援」で構成。味方が使う周波数を調整する「電磁波管理」も重要とされる。
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略してEWという。現代の兵器は多種多様な電波を使用している。また部隊が組織的戦力を発揮するにも電波による通信網が必要になる。電子戦は,敵が使用するこの種の電波に対し電波で攻撃を加え,その使用を困難にし,敵兵器や部隊活動を混乱・麻痺させ戦力の低下を強いるとともに,敵からの電波攻撃に対しては味方の電波使用を守り,戦力低下を防止するものである。電子戦で優勢な立場に立つことが現代戦で勝利を獲得する必須の条件であり,兵器のなかでもとりわけ秘密度が高い。従来,電波は目標の位置の標定,飛翔体の誘導,相互の意志の伝達など,いうなれば目,耳,口の役割を負ってきた。一方,電子戦では,電波が同時に敵兵器の目,耳,口である点を突いて,これを混乱・麻痺させるために電波が使用される。従来の砲爆撃などによる物理的破壊(ハードキル)に対比して電子戦の場合はソフトキルといわれ,その効力は次の特徴を持つ。(1)周波数など電波の形態を合わせれば,航空機でも艦船でも多種類の兵器に対し有効である。(2)敵に合致した電波を照射すれば直ちに混乱・麻痺が生じ,ハードキルに比し効果は即効的である。(3)電波は遠距離まで到達し,例えば宇宙にある遠距離の目標に対しても有効である。
電子戦は次のように分類される。(1)ESM(electronic support measures。電子支援対策) 脅威をすみやかに確認するため,放射電磁波を捜索し,傍受し,標定し,直ちにそれを分析識別する活動である。ESMは次のECMやECCM,回避,目標捕捉,およびその他の部隊運用などに即刻必要となる情報を提供するためのものである。(2)ECM(electronic countermeasures。電子対策) 敵が電磁波を有効に使用するのを妨げ,また減殺するためにとられる活動である。(3)ECCM(electronic counter-countermeasures。対電子対策) 敵の実施する電子戦を排除し,味方の電磁波の効果的使用を確保するためにとられる活動である(アメリカ統合参謀本部,1974)。
電子戦の対象は通信,航法,敵味方識別,武装(射撃管制,ミサイルなど),および電子戦装置などが使用している多種多様な電磁波で,これは赤外線など光の領域にまでも及ぶ広い範囲の波長をもっている。
電子戦活動の基本は,他の戦闘と同様にまず敵をよく知ることから始まるが,この役目を果たすのがESM活動である。ESM活動は戦闘地域またはこれに準ずる地域で実施される戦術電子偵察活動といえるもので,広い空間から敵が発する電波を捜索し,捕捉し,すでにコンピューターなどに記録・保存してあるデータ表と照合し,至短時間で分析・識別する。その結果はおおむね次のように整理される。(1)捕捉電波の諸元(周波数,変調形式,パルス幅,パルス繰返し数,ビーム走査レートなど),(2)発信源の位置または方位,および時刻,(3)発信源は何か(艦船,航空機,装置名など)。
ECM活動の目的は,敵の通信電子兵器の脅威に直面するとき,その兵器が求めている情報入手を妨害により不可能とするか,ないしは敵の情報処理を混乱させて真の情報入手ができないように対抗することである。この情報はレーダーの場合には位置(距離,方位),形状,速度などであり,通信の場合にはその意志伝達の内容である。今,数機の航空機が敵目標に対し攻撃に向かうことを考えよう。航空機は戦闘領域に入る直前に敵の早期警戒監視管制レーダーにより発見される。同時に敵味方が識別され,この結果直ちに敵要撃戦闘機が誘導され,機上射撃管制用レーダーの捜索・捕捉を受ける。ここで電波または赤外線誘導ミサイルによる攻撃が開始される。これを回避してさらに進むと,今度は地上からの地対空ミサイル(SAM)用レーダーの捜索・追尾を受け,地上からミサイルが攻撃してくる。これもレーダー電波,赤外線またはデータリンク用無線電波によって指令誘導されている。自機に搭載したレーダー警戒装置などによりこれら脅威電波を探知し,直ちに急降下してミサイルを回避すると,次に低空域では高射砲用レーダーあるいは赤外線誘導の携行SAMに照準され,射撃を受ける。これは現代戦の代表的パターンであるが,以上の機能のほとんどが電波により果たされている。この戦闘過程の中で,航空機側では次々に襲ってくる多種多様な脅威電波に対抗してECMを実施する必要がある。このためにはESM活動により裏付けられた敵通信電子装置の情報が整備され,これに整合したECM装置の装備とその効果的な運用が不可欠なものとなる。
ECMの方法には大別して二つのものがある。その第1は,圧倒的に強力な妨害雑音を放射して敵の通信電子装置のアンテナから受信回路に混入させ,必要とする情報信号を雑音の中に埋め尽くす方法である。これは〈電力妨害power jamming〉と呼ばれ,捜索レーダーとか通信システムに対して多用されている。これを受けるとレーダー表示器であればその全面が白く輝き何も見えなくなる。これと同じ目的でチャフ妨害chaff jammingと呼ばれるものがある。チャフはアルミ細線などをレーダー波長の約半分の長さに切ったごく軽量の電波の反射体で,これを多量に空中散布することにより敵レーダーはみずからの反射電波で隠され目標が見えなくなる。第2の方法は〈欺瞞妨害deception jamming〉と呼ばれ,妨害しようとする敵の通信電子装置からの電波を受信し,それを変調して疑似信号を作り再放射するもので,敵は疑似情報が混在するため混乱を生じる。レーダーの場合には距離,方位,速度および目標数などの欺瞞ができるので,一度照準(ロックオン)された場合でもそれを電子的に解除させることも可能であり,射撃管制用レーダーに対抗する自己防御手段として多用されている。これは電力妨害の場合ほど電力を必要としないので,小型航空機などにとっては有利である。
ECCM活動の目的は,味方の通信電子装置が敵ECMにより多種多様な妨害を受けたときでも本来の機能性能を発揮できるようにすることである。ECCM機能はECMあるいはESM装置のようにそれ自体が独立に機能し存在するものではなく,通信電子装置に一体となって組み込まれている。具体的な活動は,敵から多種多様な妨害を次々に受けたとき,装置の操作員がそのときに合った各種ECCM回路を取捨選択し妨害を排除しようと試みるものであるが,その成否は組み込まれたECCM回路技術と並んで操作員の訓練と経験の程度が大きく影響してくる。ECCM技術は,アンテナから受信部,信号処理部に至る信号経路の中でいかに信号と妨害雑音を分離し,そこから信号を拾い上げるかの技術に尽きるが,大別すると三つのものが基本となっている。その第1はアンテナの放射パターンにより目標と妨害源の方位差から空間的に信号と妨害雑音を分離するもの,第2は周波数の瞬時切換えなどにより時間的に分離するもの,第3は信号と妨害雑音の特性差を利用または積極的に作り出すよう信号を変調し,それを受信部および信号処理部で分離する技術である。
電波が世界で初めて戦闘に使われたのは日露戦争である。このとき早くも電子戦が行われた記録がある。1904年4月,巡洋艦〈春日〉〈日進〉は旅順港に艦砲射撃を加えたが,そのとき射弾修正のため前進観測駆逐艦との間に使用したモールス符号による無線通信に対し,これを傍受したロシア側は沿岸無線局から連続長音を発信して通信妨害を行った。
第1次世界大戦では,10kHzから10MHzオーダーの周波数が使用されるようになり,無線通信を受信し,それから発信方向を探知したり通信内容の傍受により敵の企図,行動を知る活動がおもに行われた。1916年5月,ユトランド沖海戦前,イギリスは沿岸の無線方向探知局を使いドイツ艦隊の発する電波からその動きを追跡するとともに,ひそかに入手した暗号書で交信内容を解読し,その企図を見抜いた。
第2次世界大戦に入ると,マグネトロン発振管の実用化,マイクロ波技術の進歩などがレーダーを登場させ,GHzオーダーの周波数を使うまでに急発展した。装置は小型軽量化し,艦船,大砲はもちろん,航空機にさえもレーダーが搭載できるようになった。電波ビームを鋭くでき,レーダーの精度が著しく向上したため,闇を通し明確に目標を捕らえることが可能となり,従来の戦術戦法は急激かつ大幅な転換を強いられた。第2次大戦における電子戦は,1940年7月イギリスの戦Battle of Britainによって始まった。ドイツ爆撃機の編隊は闇の中を誘導電波ビームに乗ってロンドン上空に向かった。イギリスはこの無線航法援助システムの電波に対し,航法位置を誤らせるため欺瞞電波ビームを重畳し,巧みに妨害を加えた。ドイツはシステムが無効化されるや直ちにまた新しいものを開発,使用した。イギリスもまたそのシステムに適した妨害装置を開発し対抗を繰り返した。これは〈ビームの戦い〉と呼ばれ,第2次大戦における本格的電子戦の幕明けとなった。1943年イギリスはハンブルク爆撃に際し,ドイツ防空網に対する電波妨害に加えて,チャフ妨害を開始した。ドイツ高射砲は盲目射撃を繰り返した。以後ドイツはこの対策(ECCM)確立を急いだが,終戦に至るも解決はできなかった。44年3月,ドイツは航空機から指令電波誘導される滑空爆弾を開発・実用し,連合軍に向け航行中のイタリア戦艦〈ローマ〉を撃沈,その後も戦果を重ねた。連合軍はその爆撃下で指令電波を受信・記録し(ESM),これに対する電波妨害装置を完成,滑空爆弾を無効化した。6月,連合軍によるノルマンディー上陸作戦では60隻もの艦船と多数の航空機が海と空から電子戦に従事した。滑空爆弾に電波妨害をかける艦船や,上陸地点から遠く離れた海岸で,多数の反射体あるいは風船反射体等を曳航し上陸作戦に陽動を加える艦船が配置され,一方,空からは多量のチャフの散布や電波妨害が実施され,ドイツ軍レーダーを無効化した。また,指揮統制用通信網に対しても妨害が行われ,第2次大戦における電子戦の総括ともいえる大規模なものとなった。一方,太平洋方面での電子戦は日本のレーダーおよび電子戦装置実用化の遅れからそれほど激しいものにならなかった。
1965年からのベトナム戦争は技術的にも運用的にも,第2次大戦後の電子戦の実験場となった。ここでの主役はSAMと航空機であった。北ベトナムはソビエト製のSAMとレーダー照準の高射砲で高空と低空を守り,アメリカ機に大きな損害を与えた。これに対しアメリカ軍はレーダー警戒装置,電波妨害装置,チャフ散布などの電子装置を装備する一方,電子戦機を投入し,北ベトナム防空陣地の捜索とこれに対する本格的電子戦を実施した。その結果,損害は98%以上の大幅な低下を示し,“電子戦のための投資は報われる”ことを実証した。
1973年10月の第4次中東戦争では,ベトナム戦争などの戦訓を経て東西両陣営がその後開発・改良を加えた新兵器と戦法が陸,海,空の戦闘に登場した。その焦点は依然としてミサイルにあったが,ここでは20GHz帯の電波が出現し,赤外,可視域に及ぶ広い範囲の電磁波が使用され,さらにはこれらを巧妙に組み合わせた多周波複合スペクトラムが使用され,妨害を受けた場合には周波数を切り換えるなど,ECCM能力は格段に向上した。とくにアラブ側が使用したソビエト製の防空システムと対空兵器にそれが強く現れていた。イスラエル軍はこの17日間の戦闘で航空機については100機余りを失ったが,その80%はSAMおよび高射砲によるものであった。
執筆者:虎田 俊人
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
アメリカ国防総省の軍事用語事典(2001年発行)では電子戦(EW)を「電磁スペクトラムをコントロールし、あるいは敵を攻撃するために、電磁および指向エネルギーを利用する軍事行動」と定義し、電子戦には「電子攻撃Electronic Attack、電子防護Electronic Protection、電子戦支援Electronic Warfare Support」の三つがあるとしている。従来の用語では電子攻撃(EA)は電子対策ECM(Electronic Counter Measure)に、電子防護(EP)は対電子対策ECCM(Electronic Counter-Counter Measure)に、電子戦支援(EWS)あるいは電子支援(ES)は電子支援手段ESM(Electronic Support Measure)に、それぞれ対応すると考えてもよい。電子戦は戦時のみならず平時にも行われていて、ESによってEAやEPに役だつ基礎データを収拾している。ESの一つにコミントCOMMINT(Communication Intelligence通信情報収集)があって、仮想敵の無線通信を傍受し、発信源を探知し、通信内容を分析し、相手の意図や行動を探る。またエリントELINT(Electronic Intelligence電子情報収集)では、仮想敵のレーダー電波などを捜索、監視し、発信源の位置を探知し、電波の信号を分析処理して、その特性についてのデータバンクを作成する。この二つをまとめてシギントSIGINT(Signal Intelligence信号情報収集)とよんでいる。全地球的規模でシギントを行っているシステムとして、アメリカを中心にイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのアングロサクソン諸国が参加しているエシュロンEchelon(通信傍受機関)の存在が噂(うわさ)されるが、公式に認められたことはない。EAには、敵のレーダーや通信の電波使用を妨害するジャミング、糸のような電波反射体を空中にばらまくチャフ、敵レーダーの距離や速度情報を誤らせる欺瞞(ぎまん)deception、敵レーダーを引き付けるおとりdecoyなどがある。EPは敵によるECMに対抗する手段で、別のアンテナを使用したり、レーダーの発信周波数やパルス繰り返し周波数(発信の間隔)を変えたり、発信電波をコード化しておいたりする方法がある。なお、敵の赤外線探知などを避ける手段を、IRCM(Infra-Red Counter Measure)とよぶこともある。現代では多くの国がESやEA専門の部隊や航空機、艦船を保有しており、レーダーや通信機にはEP能力が組み込まれている。また攻撃機や爆撃機は、相手の探知や攻撃を避けるEAシステムを機体に内蔵したり、独立したポッド(容器)の形で機外に搭載する。
[野木恵一]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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