信仰生活において、自発的な活動を否定し、ひたすら高次の力(神)のなすままにゆだねる受動性を強調する立場。内面的信仰を重視する神秘主義的な宗教には、しばしばその傾向がみられるが、キリスト教史のうえでもその例が少なくない。ただそれが教会による統制を逸脱するおそれが生じると、異端視されがちであった。5世紀ごろシリアで発生した隠者集団メッサリアンは、不断の祈りのみを唯一の目標とし、生活実践面での不道徳をも許容するとして異端とされた。また12~13世紀に西・南ドイツで成立した「自由精神の兄弟(姉妹)」の運動にも、静寂主義の要素があるといわれる。それはおもに俗人の宗教運動としての当時のベガルド、ベグィーネたちにも影響し、その流れは宗教改革期の再洗礼派にまで継承されていった。
以上は一般的な例であるが、より狭義では、17世紀のカトリック諸国にみられる同種の傾向をさす。総じて当時は、対抗宗教改革の結果、カトリックの宗教生活に統制や規律が重視された。ロヨラの『霊操(れいそう)』Exercitia spiritualiaはその意味で典型的である。これに対しスペインのモリノスは『霊の導き』Guida spirituale(1675)を書き、黙想によって神やキリストと一体となり、聖なる生活を生きる者には教会の救済手段も不要となると説いた。この書はイエズス会から攻撃され、2年後に異端とされた。同じ静寂主義の立場は、フランスのギュイヨン夫人(1648―1717)やその友のフェヌロン(1651―1715)にも著しい。とくに前者は多くの教化文書を著し、「無関心の愛」「裸の信仰」「神のなすがままにゆだねる」など、静寂主義の基本思想に古典的な表現を与えることで大きな影響を残した。そしてこれらカトリック諸国での静寂主義は、一部は文学をも媒介にして、宗派の枠を超え、プロテスタント敬虔(けいけん)主義へも継承された。
[田丸徳善]
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心の静寂をとおして神との霊的交わりを果たそうとする修道的祈りと瞑想の方法。起源は初期キリスト教時代の砂漠の修道士にさかのぼるが,シナイ山の聖エカテリニ修道院がその普及の重要な中心であった。14世紀になるとアソス(アトス)山修道院のグリゴリオス・パラマスによって理論化され(パラミズム),正教会に激しい論争を生み,政治や社会と結びついて社会闘争や内乱を生んだ。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
〈キエティスム〉〈ヘシュカスモス〉の訳語。それぞれの項目を参照されたい。
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…過度の外的修行や従順の重視に対する反動として,人間の努力を過小評価し,完徳を神と人との完全協働に置かずに,ただ神の働きに心を徹底的に委託することのみを説くキリスト教の神秘思想。静寂主義と訳される。思想としては,5世紀のメッサリアニ派や13~14世紀のベガルド会とベギン会にも見られたが,この語が本来的に用いられたのは,16世紀後半にスペインのアルンブラドス派が労働,断食等の修行を軽視する信心を広めてからである。…
…ビザンティン帝国の末期にアトス山を中心におこった神秘主義思想。〈静寂主義〉の意。インドのヨーガに似た肉体統制とイエスの祈りの無限の反復によって,心の平静(ヘシュキア)の状態を作りだし,神の〈非創造の光〉(キリスト変容の際,弟子が見たという光)を肉眼で見て,神と合一することを目標とする。…
※「静寂主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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