日本大百科全書(ニッポニカ) 「頭上運搬」の意味・わかりやすい解説
頭上運搬
ずじょううんぱん
頭上で物を運ぶ習慣は、朝鮮半島、東南アジアやアフリカなど世界的にみられるが、日本でも伊豆大島のアンコや京都の大原女(おはらめ)などの特異な風俗として知られている。しかし古くは埴輪(はにわ)にその姿を造形したものがあり、中世の絵巻物などには至る所に見受けられ、日本人の伝統的な運搬習俗の一つであったことがわかる。現在ではしだいに消滅してみられなくなっているが、比較的最近まで海岸の村や離島だけに、わずかに女性の間に特有な習俗となって残っていたのである。海産物の行商という形で伝えられてきた場合が多かった。伊豆半島南部の海村などでは昭和30年代ころまで頭上運搬による魚行商が行われていた。伊豆では頭上で物を運ぶことをササグといい、魚の行商などに使われた容器をササギバチ、ササギハンダイなどとよぶ。頭と荷物の間にはクッションとして藁(わら)や茅(かや)、手拭(てぬぐい)などでつくった輪をのせ、これをワ、ワッパ、ワテなどとよんだ。頭上で運ぶことをササグという地方は伊豆諸島などにも広がる。近畿、北陸地方や四国地方などではイタダクといい、徳島県海部(かいふ)郡阿部(あぶ)村(現美波(みなみ)町)や石川県河北(かほく)郡大根布(おおねぶ)(現内灘(うちなだ)町)の物売り女はイタダキの名で親しまれていた。瀬戸内海沿岸ではカベル、カベリ系の呼び方が多く行われて、この地帯でカベリをするのは広島県の能地(のうじ)(三原市幸崎(さいざき)町)から各地に移った漁師の妻が多かったという。このほか西南日本にはカンゲル、カネル、カメル、カミルなどの言い方もある。
運ぶ重量は、海産物行商の場合には5~7貫(約20~30キログラム)ものせて、片道十数キロメートルの道を日帰りで往復した。20貫以上もの荷を運んだという記録もある。古くは行商のほかにも日常生活に欠かせないさまざまな運搬が頭上で行われ、薪や飲料水の水桶(みずおけ)ばかりでなく石材や肥桶までも運んだ所があった。静岡県伊東市八幡野(やはたの)では、日常の運搬と別に初節供や伊勢(いせ)参りの坂迎え、葬式に関連した食物の運搬が頭上で行われた。祭礼に関係する頭上運搬としては田遊(たあそび)系の芸能に残る場合が顕著で、昼飯(ひるま)持ちが飯櫃(めしびつ)の類を頭にのせて登場する例が多くみられる。
[神野善治]
『瀬川清子著『販女』(1971・未来社)』▽『須藤功著『運ぶ』(1977・国書刊行会)』