高倉寺(読み)たかくらじ

日本歴史地名大系 「高倉寺」の解説

高倉寺
たかくらじ

[現在地名]堺市高倉台二丁

高野山真言宗。大修恵山と号し本尊薬師如来。古くは修恵すえ寺または大修恵山寺と称していた。この「修恵」は「陶」の和訓に由来するといわれる。寺伝によると文武天皇勅願寺として慶雲二年(七〇五)行基が開創したという。「行基年譜」行基三八歳、文武天皇九年の項に「大□忠院高蔵、十月始起、在和泉国大鳥郡大村里大村山」とみえる。この「大□忠院」は大修恵院の誤記か。その後天平年間(七二九―七四九)勅命によって七堂伽藍を整え、寺領も寄進されたという。永正一〇年(一五一三)真海が描いた寺蔵の高倉寺伽藍図には雄大な伽藍と四〇余の坊舎が描かれている。

弘仁年間(八一〇―八二四)空海が来寺し大日如来を刻み、宝塔を建立して安置したといい、寛仁年間(一〇一七―二一)には恵心僧都源信が参籠し阿弥陀如来像千体を刻み、世に高倉千体仏として崇敬されたと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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