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高嵩谷 こう すうこく

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美術人名辞典の解説

高嵩谷

江戸後期の町絵師。江戸生。姓は高久、名は一雄、字は子盈、別号に楽只斎・屠竜翁等。佐脇嵩之の門人。代表作に江戸浅草寺観音堂の「源三位頼政鵺退治図」の絵額がある。文化元年(1804)歿、75才。

出典|(株)思文閣
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デジタル大辞泉の解説

こう‐すうこく〔カウ‐〕【高嵩谷】

[1730~1804]江戸後期の町絵師。江戸の人。名は一雄。別号、屠竜翁(とりゅうおう)など。英一蝶(はなぶさいっちょう)門下の佐脇嵩之(さわきすうし)に学び、武者絵に新境地を開いた。浅草寺の「源三位頼政鵺(ぬえ)退治図」扁額などの作品がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高嵩谷 こう-すうこく

1730-1804 江戸時代中期-後期の画家。
享保(きょうほう)15年生まれ。英一蝶(はなぶさ-いっちょう)の門人佐脇嵩之(すうし)にまなぶ。風俗画にすぐれ,中年以後は武者絵をえがいた。江戸浅草(せんそう)寺の「源三位頼政鵺(ぬえ)退治図」の額で有名になったという。文化元年8月23日死去。75歳。江戸出身。姓は高久。名は一雄。字(あざな)は子盈(しえい)。別号に屠竜翁,楽只斎(らくしさい)など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

高嵩谷

没年:文化1.8.23(1804.9.26)
生年:享保15(1730)
江戸中期の画家。江戸の人。本姓は高久,名は一雄,字は子盈,嵩谷はその号。別号に屠竜翁,楽只斎,翠雲堂,湖蓮舎。 英 一蝶の門人佐脇嵩之について画を学んだ。英派の画家として一蝶風の風俗画を得意としたが,中年以後武者絵に新境地を開いた。天明7(1787)年浅草寺に「源三位頼政鵺退治図額」を掲げて,人気を博したと伝えられる。他に「浅草観音仁王門図」(東京国立博物館蔵)などがある。75歳で没し,浅草西福寺智光院に葬られた。<参考文献>藤懸静也「高嵩谷筆源三位頼政鵺退治図額」(『国華』523号)

(河野元昭)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

こうすうこく【高嵩谷】

1730~1804) 江戸中・後期の町絵師。江戸の人。本姓、高久氏。英一蝶はなぶさいつちようの門人佐脇嵩之に学び、狩野派の手法もとり入れた画風で活躍。代表作「源三位頼政鵺ぬえ退治図」

出典|三省堂
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