コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

高木善助 たかぎ ぜんすけ

2件 の用語解説(高木善助の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高木善助 たかぎ-ぜんすけ

?-1854 江戸時代後期の商人。
大坂の人で十人両替平野屋五兵衛の分家。調所広郷(ずしょ-ひろさと)による薩摩(さつま)鹿児島藩藩政改革のための資金調達に協力した。薩摩との行き来をもとに紀行文「薩陽往返記事」をあらわした。嘉永(かえい)7年死去。名は庸之。屋号は平野屋。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

高木善助

没年:安政1(1854)
生年:生年不詳
江戸後期の両替商。大坂天満に生まれ,十人両替平野屋五兵衛の分家で,平野屋彦兵衛を名乗る。通称善助。本家の平野屋五兵衛は大和国(奈良県)高木村の出身で高木姓を称える。初代五兵衛は寛永13(1636)年大坂で両替屋を開業。その住まいは今橋1丁目にあり,同じ今橋の天王寺屋五兵衛の居宅にはさまれた横町は,世に「天五に平五,十兵衛横町」といわれた。 善助は薩摩藩の藩政改革に参画し,藩主島津重豪,斉興から信認を受けた藩政改革家調所広郷によって資金調達のために登用された新組銀主の中心人物となり,出雲屋孫兵衛らと共に活躍した。『薩陽往返記事』を著し,幕末期における九州や中国筋の経済や生活などを活写した紀行文を書き残している。

(作道洋太郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

高木善助の関連キーワード殿村茂済十人両替両替商両替屋顔見世銀馬場金埒宅間源左衛門平野屋五兵衛(初代)雪廼門春見粒果亭方雅

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone