日本歴史地名大系 「高槻村」の解説
高槻村
たかつきむら
高槻村
たかつきむら
- 大阪府:高槻市
- 高槻村
高槻丘陵南麓に開ける沖積平野の中央にある。北方を東西に西国街道が通るほか、
高槻村
たかつきむら
- 京都府:綾部市
- 高槻村
古代の八田郷(和名抄)の地に属するが、鎌倉時代は高槻保として推移。文保元年(一三一七)八月二〇日付比丘尼心会譲状(安国寺文書)に次のようにみえる。
また建武五年(一三三八)四月四日付暹快奉書(同文書)に次のようにある。
寛正二年(一四六一)の何鹿郡所領注文(同文書)にも八田とは別に記されているのは、小村ながら保としての独立性をもっていたからであろう。「丹波負笈録」は「西股東股の間に在村なり、両村に不附公儀一本ノ古村也」と述べる。
慶長六年(一六〇一)の御知行方目録(山家藩庁文書)では高三八〇・四石「高つき村」とある。
高槻村
たかつきむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報