高階貴子(読み)たかしなのきし

改訂新版 世界大百科事典 「高階貴子」の意味・わかりやすい解説

高階貴子 (たかしなのきし)

平安中期の宮廷に活躍した女性。生没年不詳。従二位高階成忠の女。学者の家に生まれ,円融天皇後宮に仕えて,〈女なれども真名などいとよく書きければ,内侍になさせ給ひて,高内侍(こうのないし)とぞいひける〉(《栄華物語》)とその才識をうたわれ,のちには従三位に昇った。一方,関白藤原道隆に嫁して,内大臣伊周,中納言隆家および一条天皇の皇后定子の母となり,高階氏繁栄に道を開いた。《枕草子》にしばしば見える皇后定子の才智も,この母に負うところが多いであろう。和歌にも長じ,《拾遺和歌集》以下の勅撰集に数首入選している。
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高階貴子」の解説

高階貴子 たかしなの-きし

?-996 平安時代中期の歌人
高階成忠の娘。円融天皇につかえて,高内侍(こうのないし)と称され,従三位にのぼる。関白藤原道隆と結婚し,伊周(これちか),隆家,定子(ていし)らを生んだ。伊周の通称から,儀同三司(ぎどうさんしの)母とよばれた。歌は「拾遺和歌集」「新古今和歌集」などに6首みえる。長徳2年10月死去。名は「たかこ」ともよむ。
格言など】忘れじの行末まではかたければ今日を限りの命ともがな(「小倉百人一首」)

高階貴子 たかしなの-たかこ

たかしなの-きし

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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