石黒 久賀子(読み)イシグロ クガコ

20世紀日本人名事典 「石黒 久賀子」の解説

石黒 久賀子
イシグロ クガコ

江戸時代末期〜大正期の福祉事業家 赤十字社特別社員。



生年
弘化3年9月15日(1846年)

没年
大正14(1925)年3月15日

出生地
越後国三島郡片貝村(新潟県小千谷市)

旧姓(旧名)
安達

経歴
文久1年(1861年)16歳で当時維新志士として活躍していた石黒忠悳結婚。維新後、夫は軍医となり、のちには軍医総監子爵にまで上ったが、その間に1男1女をもうけ、その子育てに力を尽くした。その傍ら、積極的に篤志看護や兵士慰問に取り組み、日露戦争中には出征軍人とその家族を気遣い、広島の病院に運ばれた戦傷者の安否を家族たちに伝達。また、赤十字社の事業にも関わり、同社特別社員にもなっている。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石黒 久賀子」の解説

石黒久賀子 いしぐろ-くがこ

1846-1925 幕末-大正時代,陸軍軍医総監石黒忠悳(ただのり)の妻。
弘化(こうか)3年9月15日生まれ。文久元年16歳で結婚,1男1女を生む。篤志看護や兵士の慰問につくし,日本赤十字社の事業に協力した。大正14年3月15日死去。80歳。越後(えちご)(新潟県)出身本姓は安達(あだち)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例