出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…明・清以後,廃止されたのは,その苦しさによる。ただし廃止以降も,寒食節は清明節(107日目)の同義語として用いられた。これは,清明節が寒食節の後に直接接続するためであり,行事や遊びもほとんど重なっていたからである。…
…唐代以降,郊外に出かけて酒宴を開く,いわゆる踏青(とうせい)の行事が盛んになったのも,新鮮な緑へのあこがれのためである。清明節は,禁火のために冷食する寒食節の後に直接連続する祝日であり,早朝になると,人々は一斉に新しい火を起こした。これを新火と呼ぶ。…
…北宋の都汴京(開封)を描く。清明は冬至後104日から106日の寒食節の翌日にあたる二十四節気の一つ清明節の略。太陽暦の4月5日前後にあたり,庶民が郊外の墓地に赴いて祭掃するならわしがあった。…
※「清明節」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...