門中(読み)もんちゅう

  • かどなか
  • となか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ムンチュウともいう。沖縄本島を中心とする父系親族集団。中国大陸から沖縄の旧支配層に受入れられた制度といわれる。沖縄の集落は普通5~10の中によって構成され,各門中には本家筋にあたる宗家がある。宗家では門中の共同祭祀が行われる。また各門中は共同をもつが多い。

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百科事典マイペディアの解説

〈ムンチュウ〉ともよむ。沖縄本島とその周辺地域における,男性の始祖基点とする父系出自集団各地実態については,例えば系譜認識において父系原理がどの程度厳格かなどによる地域的な変差がある。主な機能は祖先の共同祭祀で,それは旧3月の清明祭の際に最も具体的に表れる。一つの門中がその祖先の墓を共有する場合も多い。門中制度は近世琉球王朝を中心とした士族階層に始まり,地方の農村へと徐々に普及したとされる。

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世界大百科事典 第2版の解説

沖縄とくに沖縄本島南部に顕著に発達している父系出自集団。ムンチュウともいう。門中は父系出自につながる共通先祖をもち,姓を共有し清明せいめい)祭に代表される定期的な祖先祭祀を行う。その多くは始祖とのつながりを示す家譜や始祖の墓および門中墓を共有する。門中の主要な機能はこのように主として祖先祭祀にあり,この点は日本本土に展開した父系出自集団である同族(どうぞく)が祖先祭祀に加え,強固な政治的経済的機能をもっていたのと対照的である。

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大辞林 第三版の解説

沖縄で、父系血縁によって結びついた親族集団。共同の祖先祭祀さいしを行う。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

沖縄県で、首里(しゅり)王府時代の士族階層を中心にして発達している同族組織の一種。方言ではムンチューと発音する。一門(いちもん)(イチムン)ともいう。父系的な本家・分家の集団で、本家を元家(もとや)(ムートゥヤー)といい、総本家を大元(おおもと)(ウフムートゥ)、支族の本家を中元(なかもと)(ナカムートゥ)とよぶ。祖先祭祀(さいし)を通して具体的に結び付いた系譜的集団である。本家には、その家をたてた元祖以下の祖先が祀(まつ)ってあり、末端の分家では、各段階の本家の祖先に詣(もう)でることによって、すべての祖先を拝むことになる。しかし、このような系譜的集団が確立し、大元以下の本家が明確になるのは、1689年(元禄2)に王府に系図座が設けられ、「家譜」が整備されてからである。系図座で作成された「家譜」は、士族の戸籍と官位・官職などの履歴を記したもので、分家し、支族の本家になると別冊がたてられた。事実上、本家筋とは「家譜」をもっている家ということで、門中は「家譜」的集団ともいえる。その点では、門中は王府の制度の色彩が濃厚である。社会制度としての門中の意義を理解するには、「家譜」以後の門中制度のなかに、それ以前の伝統がどれだけ生きているかが解明されなければならない。
 庶民階層からなる農村社会にも、門中あるいは門中に相当する同族組織がある。士族の門中は地縁的規制を受けないが、農村では一般の同族組織と同じく、村落組織の枠のなかで門中が機能している。村の草分け旧家を根屋(ねや)(ニーヤ)といい、その家の門中が村の運営の主体をなす。ことに祭祀組織では、門中の祭祀機能がそのまま村落の祭祀の一部分を構成する。国頭(くにがみ)地方には、門中が租税の連帯責任を負ったと伝える村もある。ここでは、門中は五人組に相当する。しかし、村の旧家が公的な事業には、超村落的に分家に経済的協力を求めている例が江戸時代にもある。同族組織の存立には、村落への定住と移住という複雑な問題があり、同族の村落機能と超村落機能は、日本の「家」の性格の二面であろう。士族も「家譜」以前は、歴史的、地理的に分化を繰り返していたはずであり、「家譜」の元祖は古くても江戸時代をいくらもさかのぼらない。門中の拡散と分化は、日本の中世の武家の「家」と類比してみることができる。
 島尻(しまじり)地方の農村などには門中墓(もんちゅうばか)といって、門中に属する家が一つの墓を用いる習慣がある。同族の結合原理と墓制とが一体になった形で、門中の重要な紐帯(ちゅうたい)になっているが、これも首里王府の土地利用政策として、二つの門中で一つの墓を用い、新しく墓をつくることを禁じたのに由来するという。墓が規制されることによって、門中は「墓」的集団として展開することになった。門中には、琉球(りゅうきゅう)諸島の祭祀一般と同じく、「こで」(方言、クディ)とよばれる女性司祭者がいて、祭祀集団的性格も強いが、その本質は士族も庶民も「家」を単位にした系譜的集団で、日本一般の同族と異なるものではない。門中に相当する方言はハラである。「幸地腹(こうちばら)門中」のように用いる。ハラは上代日本語に痕跡(こんせき)のある、一族を意味する「腹(はら)」と同語であろう。門中は、本寺と末寺など一門の寺院をさす語として五山僧が用いており、王府の『琉球国由来記』にもみえる。それを一族を表す漢語として、王府の役人などが法制語のように用いて普及したものであろう。[小島瓔

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 家の前の道。街頭。街中(まちなか)。往来。
※歌舞伎・傾城浅間嶽(1698)中「推参な身は侍ぢゃ。街中(かどなか)で何とする」
※歌舞伎・助六廓夜桜(1779)「ここは門中(カドナカ)じゃに依て」
〘名〙 狭い海峡の口。瀬戸の中。また、海中。湾や湖などの中ほど。
※古事記(712)下・歌謡「由良の門の 斗那加(トナカ)の海石(いくり)に 振れ立つ 漬(なづ)の木の」
〘名〙 (「もんぢゅう」とも)
① 門の中。門内。〔運歩色葉(1548)〕
※日葡辞書(1603‐04)「Mongiǔ(モンヂュウ)」 〔春秋左伝‐襄公一八年〕
② 家族、あるいは宗派の中(日葡辞書(1603‐04))。

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世界大百科事典内の門中の言及

【門中】より

…ムンチュウともいう。門中は父系出自につながる共通の先祖をもち,姓を共有し清明(せいめい)祭に代表される定期的な祖先祭祀を行う。その多くは始祖とのつながりを示す家譜や始祖の墓および門中墓を共有する。…

【沖縄[県]】より

… 沖縄的信仰の基盤はシャマニズムの中に位置づけることができる。霊的職能者とされるユタはモノシリともいわれ,〈門中〉と不可分のタブーの判断や運勢,病気祈禱などを行う。歴史的には庶民を惑わすものとして取締りをうけてきたことが,ユタの存在を隠微なものにしてしまったことも考えられる。…

※「門中」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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