出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
中国,二十四節気の一つ。新暦4月4,5日ごろにあたる。気候もすっかり温暖となり,桃やスモモの花が咲き,柳が緑にけむって,まさに清明(すがすがしい)と呼ぶにふさわしい。唐代以降,郊外に出かけて酒宴を開く,いわゆる踏青(とうせい)の行事が盛んになったのも,新鮮な緑へのあこがれのためである。清明節は,禁火のために冷食する寒食節の後に直接連続する祝日であり,早朝になると,人々は一斉に新しい火を起こした。これを新火と呼ぶ。宮中で百官に下賜された新火は,ニレ(楡)や柳の枝を用いて起こしたものという。宋代,前2日の禁火・冷食の寒食節を含めて清明節と呼び,行事も重なりあう。清明節最大の行事は墓参であり,宮中から庶民の家にいたるまで,郊外へ墓参に出かけて墳墓の掃除をし,焼香して紙銭や紙馬(紙製の彩色の神像)を焼いて供養した。庶民の墓は土まんじゅう型をしており,土盛りすることがたいせつであった(中元節にも墓参が盛ん)。
また宋代には,柳の枝を門にさしたり,子推燕(しすいえん)と呼ばれる一種の蒸しだんごを柳の枝で串ざしにして門にさしたりした。これは,子どもや婦人たちが柳の枝を髪にさした清代の行事とともに,生命力に富む柳の辟邪(へきじや)の力に着目した習俗であろう。ちなみに,子推は寒食の由来となった介子推を指す。清明節の遊戯としては,墓参後にも行われた踏青の楽しい遊び以外に,鞦韆(しゆうせん)(ぶらんこ)遊びや打毬(だきゆう)(ポロ),蹴鞠(しゆうきく)(けまり),闘鶏などがある。鞦韆は唐・宋時代や遼代,婦人や子どもたちの楽しい活発な遊びとなり,唐の玄宗は半仙の戯と呼んだ。また打毬や蹴鞠などが盛んなのは,この前後に雨が多く,塵がたたないためである。この春雨はアンズの花の咲く時期にちなんで杏花雨(きようかう)と呼ばれた。現在は墓参して祖先の霊を供養するほか,革命に殉じた烈士をまつる日ともなった。周恩来の死をいたんだ天安門事件(1976年4月5日)が起きたのも,この清明節である。
執筆者:植木 久行
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