日本大百科全書(ニッポニカ) 「江戸家猫八」の意味・わかりやすい解説
江戸家猫八
えどやねこはち
初代(1868―1932)本名岡田信吉。当初、歌舞伎(かぶき)の三世片岡市蔵の門下に入り、片岡市之助と称して女形を務めたが、1898年(明治31)鉛中毒のため左手が不自由になったのを機に廃業した。その後、落語の三遊亭小円朝の弟子を経て物真似に転向、動物や鳥の鳴き声などの物真似で人気を集め、江戸家猫八を名のる。駄洒落(だじゃれ)や毒舌を交えた客との掛け合いを得意とした。
2代(1911―1986)本名長谷川栄太郎。13歳のとき初代に入門、子猫八の名で舞台にあがった。初代の死後2代目を襲名するが、のち漫談に転じ、徳川夢声に対抗する意味で、1935年(昭和10)木下華声(かせい)と改めた。従来の物真似に加えて、時の有名人の物真似も得意とした。
3代(1921―2001)本名岡田六郎。初代の六男。1941年(昭和16)、古川緑波(ろっぱ)一座に入座したが、1943年に応召、各地を転戦ののち、1945年に広島で被爆。1949年に3代目を襲名。物真似のほか俳優としてテレビや舞台などで活躍した。芸術祭賞(1979、1981)、浅草芸能大賞(1985)など受賞、紫綬褒章(しじゅほうしょう)(1988)受章。著書に『兵隊ぐらしとピカドン』(1983)などがある。なお、長男の江戸家小猫(1949―2016)、長女の江戸家まねき猫(1967― )がともに父の芸を継いでいる。
[向井爽也]
『『兵隊ぐらしとピカドン――吾輩は猫ではない2』(1983・ポプラ社)』▽『『二足のわらじをはいた猫――吾輩は猫ではない3』(1984・ポプラ社)』▽『『猫とまたたび』(1989・筑摩書房)』▽『『キノコ雲から這い出した猫』(1995・中央公論社)』▽『『おかあちゃんは二人いらない』(ちくま文庫)』▽『『魚に釣られた猫――猫八のおもしろ釣れづれ人生』(中公文庫)』▽『『吾輩は猫ではない』(ちくま文庫)』