白倉村清助(読み)しらくらむら・せいすけ

朝日日本歴史人物事典 「白倉村清助」の解説

白倉村清助

没年:文政6.7.21(1823.8.26)
生年:寛保1?(1741)
江戸後期の義民。上野(群馬県)甘楽郡小幡藩領白倉村生まれ。天明1(1781)年武蔵・上野2カ国10カ所の絹改会所(端物並糸真綿貫目改所)設置に反対して西上州で起きた天明絹一揆指導者で,改会所は中止されたが,遠島の刑に処せられ,八丈島に送られた。在島すること41年間で病死。同じ村の今助の子の清蔵が中追放(牢死)の刑となっている。ふたりは兄弟といい,白倉の円明院に「島流道覚居士」「流岳実良居士」の法名を刻んだ墓石がある。嘉永1(1848)年に建立されたものだが,建立者の名前は削られている。<参考文献>『甘楽町史』,葛西重雄・吉田貫三『八丈島流人銘々伝』

(小椋喜一郎)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「白倉村清助」の解説

白倉村清助 しらくらむら-せいすけ

1749-1823 江戸時代中期の農民
寛延2年生まれ。上野(こうずけ)白倉村(群馬県甘楽(かんら)町)の人。天明元年上野・武蔵(むさし)における絹改会所の設置と改所料の徴収に反対する一揆(いっき)(上州絹一揆)を指導。絹改会所は設置されなかったが,清助は翌年八丈島に流され,在島41年後の文政6年7月21日死去。75歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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