モリソン(英語表記)Morrison, Toni

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「モリソン」の解説

モリソン
Morrison, Toni

[生]1931.2.18. オハイオ,ロレーン
[没]2019.8.5. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国の作家,編集者。本名 Chloe Anthony Wofford。アフリカ系アメリカ人として中西部で育ち,1953年ハワード大学を卒業,1955年コーネル大学で英文学修士号を取得。テキサス南部大学で 2年間教えたのち,1957~64年ハワード大学でも教壇に立った。1965年から出版社ランダムハウスの文芸編集者として若手の黒人女流作家の育成に力を注いだ。1984年からニューヨーク州立大学で教え,1989~2006年プリンストン大学人文科学部教授。第1作『青い眼が欲しい』The Bluest Eye(1970)は青い眼が欲しいという妄想にとりつかれた黒人少女の悲劇を綴った小説。第2作『スーラ』Sula(1973)では共同体のなかでの友愛の力と協調への期待を探った。自己のアイデンティティを追求する青年を主人公にした『ソロモンの歌』Song of Solomon(1977)で全米図書批評家賞とアメリカ芸術院賞を受賞,『タール・ベイビー』Tar Baby(1981)を経て,1987年『ビラブド,愛されし者』Belovedピュリッツァー賞を受賞。幻想的かつしなやかで詩的な文体,神話の織りなす豊かさが物語に力強さと独自の作風を生んだ。白人支配かつ男性優位のアメリカ社会のなかで黒人女性としての存在を主張し続け,1993年ノーベル文学賞(→ノーベル賞)を受賞。2012年には大統領自由勲章を受章した。

モリソン
Morrison, Robert

[生]1782.1.5. ノーサンバーランド,モーペス
[没]1834.8.1. 広州
イギリスの宣教師,中国学者。 1807年長老派牧師に任じられ,広東に宣教に出発,プロテスタンティズムの中国宣教の基礎をつくった。2年足らずで中国語に精通し,09年イギリス東インド会社の翻訳官となり,牧師のかたわら生涯この職にあった。著作としては『シナ語文法』A Grammar of the Chinese Language (1815) ,『シナ語辞典』A Dictionary of the Chinese Language,in Three Parts (3巻,15~23) ,聖書の中国語訳 (21) などがある。モリソンの名は当時すでに日本にも知られており,江戸幕府によるアメリカ商船『モリソン』号撃退事件を高野長英がモリソンと誤解し,渡辺崋山らと幕府の態度を批判したが,これが蛮社の獄一因となった。

モリソン
Morrison, Herbert Stanley, Baron Morrison of Lambeth

[生]1888.1.3. ロンドン
[没]1965.3.6. ケント,シドカップ
イギリスの政治家。小学校を出たのち商店などで働き,1908年労働党入党。 14年労働党ロンドン支部非常勤書記,第1次世界大戦に反対,良心的兵役拒否をした。 23~24,29~31,35~59年下院議員,29~31年運輸相,40年 W.チャーチル戦時内閣の供給相,40~45年内相,治安相,45~51年 C.アトリー内閣の副首相,枢密院議長,下院院内幹事,51年外相,51~55年労働党副党首。ロンドン地区党組織拡充に貢献し,理論家としても知られた。

モリソン
Morrison, George Ernest

[生]1862.2.4. ジーロング
[没]1920.5.30. デボラン
オーストラリアの新聞記者,医者。モロッコと母国で医者をしていたが,1895年『ロンドン・タイムズ』通信員となり,東南アジアで活躍。 97年北京におもむき,1912年中華民国政府顧問となって,民国育成に尽力。また,パリ講和会議に中国代表顧問として出席。彼が集めた極東関係の文献はモリソン文庫として名高く,17年岩崎久弥がこれを購入して,東洋文庫設立の基礎とした。

モリソン
Morrison, William Ralls

[生]1825.9.14. イリノイ,ウォータールー近郊
[没]1909.9.29. イリノイ,ウォータールー
アメリカの法律家,政治家。 1863~65,73~87年イリノイ州選出の民主党連邦下院議員をつとめ,保護関税非難。 87~97年州際通商委員会メンバー,その間 92~97年その委員長として,鉄道の特権差別運賃リベートなどを攻撃した。

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367日誕生日大事典「モリソン」の解説

モリソン

生年月日:1887年7月9日
アメリカの歴史家
1976年

モリソン

生年月日:1862年2月4日
オーストラリア生まれのイギリスのジャーナリスト,医者
1920年没

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百科事典マイペディア「モリソン」の解説

モリソン

オーストラリア生れの新聞記者英国のエディンバラ大学卒業後医者となるが,南洋諸島ビルマ(現ミャンマー),パミールなどを旅し,旅行記を発表。1893年中国に入り,1895年英国紙《タイムズ》の通信員となってインドシナシャム(タイ)で活躍,1897年北京特派員になった。精力的な活動と的確な政治判断で北京の外国人社会では〈中国のモリソン〉といわれた。英国の帝国主義政策の信奉者として,中民国成立後は袁世凱権力を歓迎,1912年総統政府の政治顧問となった。第1次大戦のパリ講和会議では中国代表顧問を務めている。中国語は話せなかったが,中国滞在中に極東に関するヨーロッパ語の文献を収集,1920年の帰国までにその成果は2万5000部に達し,〈モリソン文庫〉として北京の自宅で研究者に開放していた。1917年三菱の岩崎久弥がこれを買収,家蔵の岩崎文庫に加えて,1924年財団法人〈東洋文庫〉を設立した。著書に《中国のオーストラリア人》(1895年)がある。

モリソン

英国の宣教師。中国プロテスタント伝道の開祖。中国名は馬礼遜。ロンドン伝道会から派遣されて1807年マカオ上陸。1809年―1834年イギリス東インド会社の通訳官。ミルン,のちメドハーストも加わり聖書を中国語訳。1818年マラッカに英・華の文学を研鑽(けんさん)する英華学院を設立,広州を中心に布教。著書《中国語辞典》3巻(1817年―1823年),《神天聖書》(1823年)。息子のジョン・ロバート・モリソン〔1814-1843〕は英国貿易監督庁の中国語通訳官兼書記官という父の地位をつぎ,中国語訳聖書の改訂に努力した。

モリソン

米国のアフリカ系女性作家。アフリカ系アメリカ人の文化と歴史,その社会における生のあり方を,スケールの大きな巧みな筆致の小説で描き,性や人種など,多様な問題を鋭く提起している。1970年《青い目が欲しい》でデビュー。1977年《ソロモンの歌》で全米書評家協会賞,1988年《ビラブド》(1987年)でピュリッツァー賞受賞。1993年ノーベル文学賞。他に《スーラ》(1973年),《タール・ベイビー》(1981年),《ジャズ》(1992年)など。

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精選版 日本国語大辞典「モリソン」の解説

モリソン

[一] (Robert Morrison ロバート━) イギリス人の宣教師。中国名、馬礼遜。一八〇七年、プロテスタント宣教師として初めて中国に派遣される。通訳などを務めながら、一八二〇年にマラッカに英華学院を開設した。「中国語辞典」を編集し、新約聖書の漢訳「神天聖書」を著わした。(一七八二‐一八三四
[二] (George Ernest Morrison ジョージ=アーネスト━) イギリスのジャーナリスト、旅行家。オーストラリア生まれ。「タイムズ」北京特派員として活躍。中華民国総統府政治顧問。当時収集した極東関係の文献はモリソン文庫として知られ、現在、東洋文庫に収められている。(一八六二‐一九二〇

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世界大百科事典 第2版「モリソン」の解説

モリソン【George Ernest Morrison】

1862‐1920
オーストラリア生れの新聞記者。最初,母国モロッコで医師をしていたが,1895年英国紙《タイムズ》通信員となり,インドシナとシャム(タイ)で活躍,97年(光緒23),北京特派員に転じた。精力的な活動と政治判断の的確さで北京の外国人社会に勢力ふるい,〈中国のモリソン〉といわれた彼はイギリスの帝国主義政策の信奉者として,日露戦争では日本に好意を示し,中華民国成立後は袁世凱の強大な権力を歓迎して,その政治顧問に就任し,第1次大戦のパリ講和会議には中国代表顧問をつとめた。

モリソン【John Robert Morrison】

1814‐43
イギリスの中国専門家。中国伝道の草分けロバート・モリソンの第2子としてマカオに生まれ,イギリスとマラッカで教育を受けた。1834年,父の死とともに,そのイギリス貿易監督庁の中国語通訳官兼書記官の地位をついだ。積極的に中国伝道を援助し,父の遺志をついで,その中国語訳聖書(《神天聖書》1823)の改訂に努力した。メドハースト,ギュツラフブリッジマンの協力を得た聖書の第1次改訂(1839年3月~42年8月)といわれるものがそれである。

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