「記憶・責任・未来」基金(読み)きおくせきにんみらいききん(英語表記)Foundation “Remembrance, Responsibility and Future” 英語

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

「記憶・責任・未来」基金
きおくせきにんみらいききん
Foundation “Remembrance, Responsibility and Future” 英語
Stiftung Erinnerung,Verantwortung und Zukunft“ ドイツ語

ナチス政権下で行われたドイツ企業による強制労働被害者らへの補償を行うための基金。2000年設立。国家賠償ではなく、人道的見地による自発的補償として、2001年から2007年までに、東欧はじめ世界のおよそ100か国の約166万人以上の人々に合計44億ユーロ(2007年当時で約7040億円)を支払った。基金は単に補償だけを目的とせず、過去を直視し迫害の記憶と責任を未来に引き継ぐ目的から「記憶・責任・未来」と命名された。基金総額は101億マルク。強制労働は国策的性格が強かったことからドイツ政府半額を拠出し、残りをナチス政権下で強制労働を行ったフォルクスワーゲンジーメンスバイエルなどの大手企業のほか約6500社が拠出した。補償はポーランドウクライナ、ロシア、ベラルーシチェコなどにある人道組織を通じて支払われ、ユダヤ人補償請求委員会(JCC:Jewish Claims Conference)や国際移住機関(IOM:International Organization for Migration)が協力した。1人当りの補償額は2560~7670ユーロ。基金は強制労働への補償だけでなく、財産を没収されたユダヤ人への補償や、青少年交流などの未来志向型プロジェクトなどにも使われた。東欧諸国の一部から「補償額はきわめて不十分」などの批判が出たが、同基金の設立は、中国や朝鮮半島から日本への強制連行問題を含め、過去の非人道的・反道義的問題に対する議論に影響を与えた。

 ドイツ政府は連邦補償法を軸にナチスによる迫害の被害者へ1060億マルク(約5兆6000億円)などの補償をしたが、強制労働は戦争につきものの行為として補償対象外としてきた。しかし1990年代後半に、アメリカにおいてドイツ企業を相手どった強制労働訴訟が相次いだことから、当時のシュレーダー政権は人道的立場から補償の必要性を認め、2000年に「記憶・責任・未来」財団法を制定し、同基金と基金運営財団を設立した。これには巨額集団訴訟に歯止めをかけるねらいもあり、基金設立に際してドイツ政府とアメリカ政府の間では「こうした訴訟はアメリカの外交的利益に反しており、棄却することが望ましい」との声明を盛り込んだ政府間協定が結ばれた。

 過去の非人道的・反道義的問題の処理策としては、同基金による補償のほか、第二次世界大戦中の日系人抑留に対するアメリカ大統領による謝罪と補償(1990)、ユダヤ人迫害に対するフランス大統領の謝罪(1995)、オーストラリア先住民に対する政府の公式謝罪(2008)などがある。

[編集部]

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