日本大百科全書(ニッポニカ) 「アストラハン・ハン国」の意味・わかりやすい解説
アストラハン・ハン国
あすとらはんはんこく
Astrakhān
1466年、チンギス・ハンの長子ジュチの血を引くカーシム・ハンが、衰退したキプチャク・ハン国から自立して、ボルガ川がカスピ海に注ぐ河口に位置するアストラハンを首都に建てた国。領域はボルガ川下流域の草原地域で、西方ではクリム・ハン国、北方ではカザン・ハン国およびタタールの一種族ノガイの勢力と境を接した。トルコ・モンゴル系の住民の多くは遊牧民であったが、アストラハンは、ボルガ川流域と中央アジア、カフカス、イランとを結ぶ交通の要地であり、商業の中心地として発展した。しかし、16世紀に入るとハン国は、打ち続く内紛と、クリム・ハン国、ノガイなどの干渉で弱体化し、1556年末イワン4世治下のロシア帝国に併合された。
[小松久男]