アトリエ・ワン(読み)あとりえわん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アトリエ・ワン」の意味・わかりやすい解説

アトリエ・ワン
あとりえわん

建築家のユニット。1992年(平成4)、塚本由晴(よしはる)(1965― )と貝島桃代(1969― )がアトリエ・ワンを設立。2001年、寺内美紀子(1966― )が新たなパートナーとして加わる。

 塚本由晴は神奈川県生まれ。1987年(昭和62)、東京工業大学工学部建築学科卒業。1987年から1988年まで、パリ建築大学ベルビル校に学ぶ。1994年、東京工業大学博士課程修了。2000年、東京工業大学大学院助教授。貝島桃代は東京都生まれ。1991年、日本女子大学住居学科卒業。1994年、東京工業大学大学院修了。1996年から1997年まで、スイス連邦工科大学奨学生。2000年、東京工業大学博士課程修了。2001年より筑波大学講師。寺内美紀子は香川県出身。1989年九州大学工学部建築学科卒業。同年より東京工業大学大学院助手。その後アトリエ・ワンに参加。

 1990年代後半からアトリエ・ワンは、小住宅の設計を通して、重要な建築的問題を提起している。アニ・ハウス(1998。東京建築士会住宅建築賞)やミニ・ハウス(1999。吉岡賞)では、住宅の建ち方に注目し、敷地の中央にあえて小さく配置することにより、住宅の周囲に余裕をもった空間を生みだす。また、ワンルーム化した各階を積み重ねることで、間取りの問題を回避し、4方向に窓をもつ開放的な空間を実現した。とくにミニ・ハウスは、住宅密集地において、全方向に等価な形態をもち、表/裏という明快な図式を発生させない。周辺環境がすぐに変化する東京にその住宅が建っているからである。やはり都心に存在するモカ・ハウス(2000)では、建物と建物の隙間(すきま)を積極的に活用した。ほかにも、ハウス・アサマ(2001)は、屋根や壁を同じ面としてとらえ、建築を多面体として再構成した。またミツモン荘(2000)は、既存住宅の半分を新しい構築物で覆うことにより、増改築する手法を試みている。

 また、アトリエ・ワンは、展覧会や大学の教育活動と連動させながら、東京のフィールドワークを積極的に実施している。彼らが調査の対象とするのは、通常、建築の作品としては見なされないが、ダイナミックな都市の現実を構成するものだ。1996年に開始した「メイド・イン・トーキョー」のプロジェクトでは、コンクリートミキサー社宅の合体する生コンアパートやスーパーマーケットの上に自動車教習所がのったスーパーカースクールなど、機能的な複合建築を取り上げる。同様に高速道路をフィールドワークした「首都高速ガイドブック」では、東京で最大の構築物は首都高速道路であると指摘し、さまざまな角度から高速道路の土木的な空間を分析した。逆に「ペット・アーキテクチャー」のプロジェクトでは、都市の隙間に発生する極小の建築を探査した。こうした作業を通じて、アトリエ・ワンは、空間の機能と構成の驚くべき関係を発見する。その後、パリや広島でもフィールドワークを展開している。

 そのほかの主な建築作品にハスネ・ワールド・アパートメント(1995、東京都。東京建築士会住宅建築賞)、川西町営コテージB(1999、新潟県)、ハウス・サイコ(2001)、ダスハウス、KADOYA315(いずれも2002、東京都)など。著書に、『もっと小さな家』『メイド・イン・トーキョー』『ペット・アーキテクチャー・ガイドブック』(いずれも2001)などがある。

[五十嵐太郎]

『アトリエ・ワン『もっと小さな家』(2001・アトリエ・ワン)』『貝島桃代・黒田潤三・塚本由晴著『メイド・イン・トーキョー』(2001・鹿島出版会)』『東京工業大学建築学科塚本研究室・アトリエ・ワン共著『ペット・アーキテクチャー・ガイドブック』(2001・ワールドフォトプレス)』

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